飃の啼く…第16章-14
「少し安め。」
それだけ言って…また、歩いて私から遠ざかろうとした。
「待って…」
私は、飃の後ろ髪を引っ張って、無理やりベッドに戻らせた。
「待ってよ!」
何故か彼が狼狽している様子は無かった。冷静に、私の目を見ていた。
「さく…」
「黙って。」
半身を起こした飃の足の上に乗る。ぜえぜえ息をついているのは…これは私の息なんだろうか?
「何も…言わないで。」
私は、飃の口に自分のをぶつけた。彼の犬歯が当たって、口の中に血の味が広がった。
それが…何故か、すごく甘美に思えた。
飃の舌を噛む。強すぎるくらいに強く。私は、一瞬たりともキスをやめなかった。服は脱がせず、引き裂いた。愛撫などしなかった。爪を立て、荒々しく掴んだ。
「…っ」
時々飃が漏らす苦しそうな息が、私をこの上なく興奮させた。もっと…もっと痛めつけてやりたいと思った。唇を離して、首根っこを押さえて其処に噛み付く。わざと犬歯で、深く。再び血の味がして、私は恍惚となってそれを嘗めた。
不意に飃の手が、私の頭に置かれて、私はびくっとする。そのまま、あやすように優しく撫でられて…
私は泣いていた。
「飃…。」
彼は、何も言わずに裸の私を抱きしめた。触れ合う肌は熱を持ったみたいに熱くて、心地よかった。
「飃…どうして私を選んだの…教えて…。」
聞きたいことは沢山あった。本当は幾つなのか、仕事と称して行っているものがなんなのか、何故最近になって澱みがこんなに増えてしまったのか、九重が黙ってしまったのか…でも、でも今、飃に一番教えて欲しいのはそれだった。私を選んだのは偶然?菊池美桜が殺されたのは、私が戦うことを選んだからではない。私が、あの日確かに飃に惹かれたからだ。戦うとか、狗族のためとか…そんなたいそうな理由ではなかった。もっと根本的な…もっと短絡的な…そして、もっと浅ましい理由からだった。彼になら抱かれてもいいと…だから、菊池美桜を選んだのが飃なら…そして、彼女がもし姿を隠していなかったら…彼女は生きていて、私の変わりに九重を振るっていて、私よりももっといい使い手で…妻だったかもしれない。
「九重は…私より、あの人のほうが良かったんじゃないかな、って思うの。最近、私の声にちっともこたえてくれない…それに、飃だって…私じゃないほうが良かったかも。」
独り言のように呟きながらも確かに問いだった。こんなに自分の存在意義が不安定な時に、まだ飃に甘えている。否定して欲しいと願っている。
子供みたいには、泣かなかった。ただ、目から涙が出ているだけ。それだけだった。飃は、私をベッドに横たえて、腕枕の上に私の頭を置いた。そして、昔話を子供に聞かせる親みたいに、片手を私の心臓の上において話した。