社外情事?2〜初めての合コンといきなりの告白-7
拭いた後で湊は誠司の顔を間近に見つめる。ソースが拭き取れているかどうかの確認なのだろうが、至近距離に美女の顔があるという実情に、誠司の胸がわずかに高鳴る。
とは言え、それもほんのわずかの事。湊はうっすらとほほ笑むと離れていき、紙ナプキンを綺麗に畳んだ。
「ほっぺに、付いてました」
「あ、ありがとうございます」
改めてお礼を言う誠司だが、声色が少し強張ってしまった。照れ隠しに拭いてもらった頬をぽりぽりとかきながら、視線を逸らす。
「いや、情けないです。いい歳して、他人にソース拭いてもらうだなんて」
「ふふっ、そうかもしれませんね」
対する湊は微笑のまま。誠司はちらりとその笑みを見て、再び視線を逸らす。
ソースを拭いてもらった件があるせいか、どうにも恥ずかしさを感じてしまう。
「……?」
そんな様子が気になったのか、湊が首を傾げる。
これは、何か言わない事にはどうしようもない――誠司は密かに苦笑いを浮かべた。
「おいこら誠司!」
と、そこへ割り込んできた無粋者が一人。健介が湊とは反対側の席に飛び込み、誠司の首に腕を絡ませてきたのだ。
「お前そういえば全然歌ってねぇじゃん! さりげなくはぐらかしやがって!」
湊が目を丸くするのにもお構いなし。誠司の頬に人差し指をぐりぐりと押し当てながら、ニヤニヤ笑って続ける。
「だが俺が気付いた以上、堪忍しやがれよぉ? 次は強制的にお前の番だからなぁ?」
そして、近くにあったデンモクに手を伸ばした。しかしデンモクは、健介が掴むよりも先に別の者に取られてしまう。
「強制的、か。それもいいな。だったら曲も勝手に選ぶとしようじゃないか」
取り上げたのは京香。哲也の隣に座した彼女は手早くパネルに触れていき、あっという間に送信してしまう。
「ただ、今の君に任せると笑いを取るようなものになりそうだ。悪いが、今度は私が選ばせてもらった」
デンモクをテーブルに置き、京香は満足げに笑う。
「さ、誠司。ちゃんと歌えよ?」
そして、いつの間にか持っていたマイクを、誠司に差し出す。
「え?ちょっ、ちょっと京香さん!俺、何歌うのか知らないんですけど!」
「大丈夫だ。割と最近の歌だぞ。ここ最近の音楽番組や有線でも流れてる。歌う段になったらするりと出るさ」
「いや、そうだとしても俺が」「で、女は…」
いきなりマイクを渡されて困惑する誠司だが、京香は全く相手にしていない。素知らぬ顔でもう一本のマイクを振ってみせる。
――どうやら彼女は、自分の思うように話を進めるきらいがあるようだ。
「…湊だ」
そして彼女は、ぽす、と湊の手の中に、そのマイクが置いた。
「…えっ?!き、京香さんっ、私、何歌うのかわからないよっ!」
「大丈夫だ。湊がいつも聴いていた歌だからな」
湊はおろおろしながら京香に言うが、京香は彼女にも自分の意思を通してしまう。
しかし、流石に誠司と違い、湊は彼女のやり口がわかっているらしい。「でも…」言って食い下がろうとする。すると京香は、「流石に湊相手に我を通すのは無理があるか」と微かに笑いながら、彼女の耳元に顔を近づけた。そして口元に手を当て、湊の耳と自身の唇を隠してしまった。
「…は……だ。あ……に……ば……は……」
どうやら何事かを話しているらしい。しかし、ひそひそと話しているせいか、何を言っているのかを聞き取ることができない。もっとも、聞こえないように話している時点で他に聞かれたくない内容である事は容易に推測できるのだが。
ややあって、京香の顔が湊の耳元から離れる。その頃には既に機械が曲の準備を終えていたらしく、京香が入力した曲のイントロが流れ始めていた。
「…あ」
――聞き覚えがある。
誠司は、とりあえずは歌えると確信した。
「…じゃあ、よろしくお願いします」
立ち上がりながら、彼は湊に目を向け。
「はい…こちらこそ」
同じく立ち上がりながら、湊は誠司に軽くお辞儀する。
二人が歌う気になったのを見届けて京香は目を閉じ、再び笑みを浮かべた。