Poor Clown-1
帰ってくるなり、僕は部屋の電気もつけずに、着ていたファーコートだけを脱ぎ捨ててベッドへと転がり込んだ。
春から数えて、もうこの部屋に住んで9ヵ月になる。誰にも干渉されないこの部屋は、数年間待望した僕だけの牙城。
暗闇と静寂の支配する7畳半のこの空間だけが僕に安らぎを与えてくれる。
別に、現状に不満なわけではない。ただ、どうすることも出来ない自分がもどかしいだけ。窓から差し込む街灯の僅かな光が、床に僕の影を生む。映し出されたその姿は、ため息が出るぐらい情けなくて頼りない。
──『想っては、いけない』
その考えが僕の頭を何度も掠める。眼を閉じると、あのヒトが笑っている。ただし、その笑顔が向けられているのは、僕ではない。僕ではない、違う誰か。
どうしてこうなってしまったのだろう?何度も自分に問い掛けた。けれど僕は答えない。唇を噛み締め下を向く。
夢で逢えるたびに、僕の胸は高鳴り、目覚めれば自分の滑稽さを思わず笑い、メールが来るたびに、電話がかかってくるたびに期待している。間抜けな己に言葉も出ない。
こんな感情はとうの昔に捨てたはず。心を無くした哀れなピエロ。それでも構うことはない。そうやって、生きていくと決めたはず。それなのに。
僕が殺した感情は、闇に沈んで澱となる──はず、だった。
光が、差し込んでしまった。それに、手を伸ばしてしまった。掴めないとわかっていて。その時点で、僕の苦悩の日々が幕を開けてしまった。
僕が、壊れる。あのヒトが、僕を壊した。
道化師は、踊り続ける。ただ一人を想い、闇の中を、ただ踊り続ける。
光までは、まだ遠い。