旅立ちの日-16
一巳は里香を気にして、
「寒いの?」
里香はただ首を振ると、
「……さ来週には……行っちゃうんです」
「そう……」
一巳は里香を後から抱きすくめた。
「わ、私……本当は行きたくない!」
その言葉に一巳はいとおし気に、
「また……帰って来いよ。待ってるから……」
「本当に?」
里香の瞳に一巳が写る。憂いを帯びた唇を欲しいと思った。
「ん……」
里香の身体を抱き寄せる一巳。右手が胸に触れた。彼女の身体がこわばる。
その時、一巳の頭の中に恵子の顔が浮かんだ。
一巳は里香から離れると、
「止めよう。一時的な感情だ……」
そう言うと、一巳はバイクに近寄り里香にヘルメットを渡した。
ー10月30日の午後ー
駅の3番ホームには里香とその家族が、特急列車を待っていた。
里香の周りには美那と土田、それにクラスの仲間が10人あまり見送りに来ていた。
美那は、
「これね、この間のピクニックの写真。後で見てね。それから、連絡ちょうだい。あとは……」
美那はまるで今生の別れのような面持ちだ。
それを悟ってか里香が、
「美那ちゃん遊びに来てよ。岡山なんか電車で3時間よ。待ってるから」
そう言う里香と美那はすでに涙ぐんでいる。
里香が美那に聞いた。
「…あの……一巳さんは?」
美那は答えずに、土田の顔を見る。慌てて土田が、
「一巳さ。バイトで来れないんだって。また会いに行くってさ」
里香は残念な顔を一瞬みせるが、すぐ笑顔に戻ると、
「美那。一巳さんに伝えて。私が大好きだったって……]
美那はただ黙って頷いた。
〈間もなく13時47分発、倉敷行き特急列車〇〇274号が発車致します〉
構内アナウンスと共に、けたたましいベルが鳴り響く。
里香達は列車に乗り込む。しばらくすると扉が閉まった。
窓に貼り付く里香。美那達は彼女に向かって手を振る。どちらも目は真っ赤だ。
〈ガコン〉と音がして列車はゆっくりと滑るように走り出し、ホームの彼方へと消えて行った。