Whirlwind-5
「じゃあな。」
待ち合わせは、地元のバーだ。チャージ料を取らないパブよりは人気が無いし、常連はみな顔見知りなので、誰かと会うにはもってこいだ。会話の内容を聞かれたくない場合には余計に。
「あなたのお母様に関係することで。」
受話器の穴から耳に手を突っ込んで脳髄を震わせるようないい声で女は言った。
俺の母親は、日本人だったと聞く。写真に写った姿を見る限りでは、薄幸そうな顔つきだが美人だ。その母親に関する話を、誰彼かまわず聞かれたくないのは、母親が人間ではないからだ。いや、無かったから、と言わなければならないのだろう。もう死んだから。
バーの扉を開けると、女がいた。薄暗い店内のカウンターに腰掛けた彼女は、一目見ただけで「特別」だとわかった。
「貴方がワールさん、ね?」
この低い声。この声が俺をここまで呼び寄せたんだ。魔女だと言われれば納得しただろうが、あいにく彼女は魔女ではなかった。俺の母親と同じ。頭の上にちょこんと乗った、狐の耳。
「Canine Tribes…!」
「日本語で狗族、と呼んで欲しいわ。私は吹花(すいか)。」
入り口から3歩入ったところで立ち尽くす俺に、彼女は手を差し伸べた。俺は機械的にその手を取って、機械的に握手をする。彼女はノースリーブの黒いタートルネックと、その下はジーンズという飾り気の無い服装をしていた。この目で実際に本物の黒髪を見たのは初めてだったが、思わず触りたくなるほど美しかった。化粧もしていない。それなのに、彼女の仕草…立ち居ぶるまい、どれ一つとっても色っぽかった。
「座ったら?」
彼女は可笑しそうに笑った。
店の中で一番薄暗い隅の席に移った。彼女は酒を断ったが、何と無く嫌な予感がしたので俺はスコッチを頼んだ。
「で…話ってのは?」
彼女は運ばれてきたコーラをストローでつついて、こっちをちらりと見た。くそっ、あんな目で見られたら集中できない…
「貴方のお母様は、生前貴方に呪いをかけたの。いえ、正しくは、生まれるはずのあなたに対して、ね。」
そこで言葉を切って、俺がすぐさま席を立たないことを確認すると、続けた。
「その呪いを、貴方のほかにもう三人、受けた者たちがいる。まだお互いのことは知らないわ。」
俺は手を上げて遮った。
「待て待て…“呪い”だって?比喩的な意味でなのか、それとも…」
「わかっているでしょ?貴方なら、この世に常識では考えられないものが存在していると言うことくらい知っているはず。」
からかうようにくすりと笑う女。
押し倒したいのか絞め殺したいのかわからなくなってきた。