Whirlwind-4
「ドク。」
携帯を肩と頬に挟んで話しながらズボンを履く。
「薬がいるんだ…いや、そうじゃない、そうじゃ…おい、俺はまだそんな歳じゃ…そう、用意しておいてくれ、いいか?」
ドクは、黄ばんだレンガのアパートの2階で、カーテンを締め切った角部屋に住んでいる。日光を極端に嫌うのは、デリケートな薬品を扱っているという理由ともう一つ、その薬品を閉まっておくスペースも、新しくかりる余裕も無いということ。けれど、あの青白い顔色と真っ黒な髪は、吸血鬼か何かを連想させる。あれでウクライナあたりの訛りが入っていたら吸血鬼と断定するところだ。実際は、きついスコットランド訛りだが。
「ドク!」
どう見ても寝起きのドクがドアを開けた。チェーンの上に、灰色の目がのぞく。
「あれからまた寝たのか?」
「ああ…最近、夜寝られなくてな。隣の薬中カップルが夜になると毎晩…わかるだろ。」
言いながらチェーンを外して中へ迎え入れた。寝起きのドクの訛りはいつもよりもっときつくて、聞き取りづらい。単語の“r”を必ず発音するr-fullの訛りは、下町の英語になれた耳には慣れるのに時間がかかる。
「そういうお前だって顔色が冴えないぞ。」
真っ暗な部屋に目が慣れるには少し時間がかかるが、何かを踏む心配をする必要はなかった。ドクの部屋はいつだって整然としている。巨大な冷蔵庫と、カーテンの付いた棚が部屋の3分の1を占めていて、残りはパソコンとデスク。顕微鏡やら、名前も分からない実験器具が、デスクトップのモニターの光を反射して暗闇に浮かび上がっていた。
「満月が近いからな…またいつもの奴、頼むよ。」
「強壮剤だろ?」
怒って訂正しかけて、ドクの顔に浮かんだにやけ笑いを見つけた。
「鎮静剤だよ。」
「鎮静剤ね。」
腰掛けたデスクの引き出しから、白い粉の入った袋が出てくる。ドクはそれを投げてよこした。
「で?代わりに何をすれば?」
受け取って答える。
「おい、俺とお前の間で取引なんて水臭いぜ。」
そういいながら、まだにやけた顔が冗談だと教えている。
「…で?」
彼は冗談が通じないのに肩をすくめ、
「そうだな…今夜会う女…お前の気に入らなかったら紹介しろ。」
「Bullshit(馬鹿言え)!」
にやけたドクの肩を、拳でごつんと叩く。