Whirlwind-13
男の妙な薬で眠らされて、自分の部屋で目が覚めた。壁一面に、隠し撮りされた女の写真がびっしりと…歪な鱗の様に貼ってあった。真その上にっ赤なスプレーで、嘲りをこめて
「18時 第一ターミナル」。
そして、見たことも無い、新しい時計が壁にあった。どこにでもあるような壁掛け時計は、午後16時半を指していた。
「吹花ーッ!!!」
その時、彼女が何をしていたのか、俺は知らない。何を考えていたのか、何を思っていたのかも。俺がターミナルの搭乗フロアの、ガラス張りの窓に集まる人だかりに気付いた時
……彼女にまだ息があったのかどうかさえ、わからなかった。
ガラス窓を突き破れないのは解っていた。だから、俺は遠回りをして、窓から見えた赤い染みの有るほうへ全速力で向かった。
フェンスを突き破り、警備員すら追いつけないスピードで走った。龍の鳴き声のようなエンジンの音にも負けない声で名前を呼び続けた。瞬きなどしなかった。迷いもしなかった。
でも
無駄だった。
こんな時に限って哀しいほど晴天の空が、照り返しのきついライトグレーのアスファルトの上に横たわる彼女を余計に小さく見せた。
「吹花!」
答えはなかった。彼女の体は、生きていた時と同じように温かくて、彼女の顔は、同じように美しかった。
「吹花、吹花…吹花…!!」
射精のリズムにも似た、血潮の噴出が、止める術も無く降り注いでいる。鉄臭い血の臭いが鼻にこびりついて離れない。死んだ嗅覚が、生まれ変わって初めてかいだ匂いが血の臭いだ。俺は一生忘れない。吹花の臭い、吹花の血の臭い。
温かい血は、夏の大気に水分だけを奪われて徐々に凝固し、女を抱いた姿勢のままの俺を縛り付ける。
「吹花―――!!」
耳を聾する轟音をあげて、旅客機が飛び立ってゆく。髪をかき乱す爆風は、心をさらにかき乱すことは無かった。
俺は、ただ泣き叫ぶ。そして知る。
自分が…
自分もまた、自分の意思で、誰かのために戦う運命を背負ったのだと。
そして、それが狗族の哀しい宿命であることを。
「吹花―――っ!!」