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地図にない景色
【初恋 恋愛小説】

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地図にない景色・2-6

「これはただ単に、俺がヘビースモーカーってだけだよ。何か口に咥えてないと落ち着かない性質でね。君たち女子高生で言うところのお菓子みたいなもんさ」
 言って、内ポケットのなかへとそれをしまい込む。
「ふうん、そう。ならそういうことにしといてあげる」
 そんな受け答えの何が面白かったのか。彼は立ち上ると、心底可笑しそうに口を歪めた。
「なによ?」
「いやいや。なかなかに目聡いと思ってね。君を恋人に持つ子は大変だ。おいそれと浮気出来ないに違いない」
「なっ!?」
 顔が一瞬で赤くなった。
こ、恋人って、よりにもよって今のこの場でそんな単語を口にしないでもらいたい。
 なにせ相手は、目下初恋中の相手なのだ。
 そんな場合ではないと判っていても、初心なあたしの頭ではどうしても処理しきれなくなる。
「ふっ、ふん!大きなお世話よ」
 これ以上、茹で上がった顔を見られることに耐えられずそっぽを向く。そんなあたしの様子に、彼はどこか安心したような表情をして、
「それじゃあ、そろそろ本題に入るとしようか。そっちの子もいい加減、待ちくたびれているようだし」
 恵美の方へと向き直る。そう言った彼の口調はいつもの飄々としたもの。けれど、その身から発せられる空気は少しだけ張り詰めたものへと変わっていた。
 それは恵美も同じだった。
 学校では周りと比較にならないほど大人びた雰囲気をもつ少女は、しかし、今はそんなことなどおくびにも出さず、敵意を剥き出しにして目の前の男を睨んでいる。
「賢い子だ」
 ヘタな人間ならば、それだけで腰を抜かしそうな視線。けれども、それを平然と受け止め、彼はそんな感想を漏らした。
「これまでの経緯だけで自分がどういった状況に置かれているのかを理解しているみたいだね」
 ふんっと、恵美は鼻を鳴らして、
「そんなの馬鹿だって気がつくわよ。わざわざ、そうと匂わせるようなことをアキラにさせといて。あなたとアキラの関係はわからないけど、大方、私とアキラがしていたことに対して口を出そうって言うんでしょう?」
 不機嫌そうに腕を組む。
「その通り。今日、アキラがとった言動は俺の指示によるものだ。といっても、俺も全てを把握しているわけじゃないけどね。
アキラから聞かされたのは君たち二人が、どうしてそんなことを始めたのかというきっかけだけだから」
「あら、そう。それでどうするつもり?私を警察に突き出す?」
「まさか。そんなことをしても何の意味もない。万引きは現行犯逮捕が基本だからね。それにそんなことをしたらアキラの頼みを果たせなくなる」
「アキラの?」
 今日はじめて、恵美とあたしの目線が正面から交わった。
 ホントなの?
 声はなくても恵美の目を見れば、そう問いかけているのがわかる。
「そう。彼女は君に万引きから足を洗って欲しいそうだ。穏便にね。ただ自分ひとりにはそんな力はないのだと。だから、俺に手を貸してもらいたいんだとね」
「……そう」
 あたしの視線から逃れるように恵美は下に俯く。けれど、それも一瞬、恵美は顔を上げ挑発するような口調で男に訊ねた。
「それで?アキラから私の悪事を止めて欲しいと頼まれたあなたは、いったいどうするつもりかしら。警察に突き出さないと言うのなら長たらしく説教でもたれてみる?
それこそ学校の教師みたいに」
 まるでテレビに出てくる不良少女のようにふてぶてしい態度をとる、恵美。
 それは言外に「そんなことできるものか」と示しているようだった。
 きっと、今の恵美を学校の皆が見たならば、その豹変振りに心底驚いたことだろう。


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