地図にない景色・2-12
その正確さたるや、まるでその場にいて直に聞いていたかのよう。
(賢い子だと思ってはいたけど、まさかこれほどだったなんて……!)
知らなかった親友の新たな一面に、呆然の態のあたし。それがいけなかった。
「うーん。これで階級とかもわかれば、ずいぶんと絞り込めるんだけどなぁ」
そんな何とはない恵美の呟きに、ついうっかりと答えてしまっていたのだから。
「警部補、だよ……っ!?」
「えっ?」
慌てて口を押さえてももう遅い。
あたしの喉から出た声は空気を伝い、恵美の鼓膜をしっかりと震わせ、
「へぇー、警部補か。警部補、警部補……あれ?」
それまで流暢だった恵美の口の動きを不自然に途切れさせた。
(あっちゃ〜)
額に手を当て、心の中で唸る。
やってしまった。驚愕の色を浮かべる恵美の表情を見れば、彼女がどんな答えを導き出したのかはすぐわかる。
そして、それは十中八九当たっている。
不用意に発してしまったあたしのヒントから、恵美はその事実をとうとう知ってしまったのだ。
「うそ、おかしいな……ははっ。私、どこで間違えたんだろ?そんなわけない。そんなバカな話があるわけ……」
自分の出した答えと現実とのギャップに、恵美はひどく戸惑っているようだった。
無理もない。あたしだって昨日、その話を聞かされたときには、口から心臓が飛び出すのではないかというほど驚いた。
最初は騙されているのではと疑った。そうではないとわかると自分の耳を疑い、目を疑い……しまいには頭がおかしくなったのではないかと疑った。
さらに言うなら今こうしている瞬間ですらもあたしはまだ疑っている。
だが、それもここまでにしなければならない。
なにせ、相手は目下初恋中の相手。
あたしがこの恋心を大切に育み続ける限り、いつかそれと向き合わなければならない日は必ずやってくるのだ。今回はそれが、たまたま今だったというだけの話。
それに考えようによっては、あたしは恵まれているのだと思う。
なぜなら、こうして想いを同じくしてくれる親友があたしにはいるのだから――
「恵美」
肩に手を置き、優しく呼びかける。
見上げる恵美の顔には乾いた笑み。見開かれた瞳には混乱の色が色濃い。素人目からみても錯乱の一歩手前だ。
「ねえ、アキラ。私、どうかしちゃったのかな?さっきから何度考え直しても、同じ答えしか出てこないの。それともこの世界の方がどうかしてるの?だって、こんな…
こんなことって……!」
「わかるよ、恵美。貴女の気持ちはよくわかる。あたしも俄かには信じられなかった。でもね、例えそうは見えなくても、これは紛れもない事実なの」
「そんな…それじゃあ……!?」
あたしは頷き、昨日知った全てを口にした。
「彼の名前は篠北光司。警視庁の刑事で、階級は警部補。趣味は読書とコンビニ巡り。そして、年齢は…」
「は?」
「……31歳」
しーんと、降って湧いた沈黙の間。
それを打ち破ったのは五時間目開始を告げるチャイムの音と、
「ええええええええぇぇぇぇーーーーー!?」
本日二度目、地も揺るがさんばかりの恵美の大絶叫だった。
今回のあたしの教訓。
人を見た目で判断してはいけないということ――。