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地図にない景色
【初恋 恋愛小説】

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地図にない景色・2-11

「しかもこの後って安東先生の化学だっけ?なんで、よりによって昼休みの後かな」
 恵美が愚痴にこぼした通り、今日の五時間目は移動教室。化学室での実験が予定されている。
 そうのんびりと話の余韻に浸っている時間もないわけで、『とある』隠し事をしているあたしにとってはますますもって有り難いことだった。
 とはいえ、油断大敵。
 お弁当箱を布に包みながら、それとなく恵美に行動を促してみる。
「こんなとこで文句を言っててもしょうがないって。今日の実験は先週から決まってたことなんだし。それより、早くしないと遅刻しちゃうよ?安東のヤツ、五分前には
入ってないとうるさいんだから」
「ああ、はいはい。それじゃチャキチャキと用意しますかぁ」
「早くね〜」
 と、あたしは手を振り、恵美は物足りなそうに髪を弄りながらも、教材の準備をするべく自分の席へと向かう。
 よし、何もかもが予定通り。
このまま何事もなく化学室に辿り着けば、おそらくもう二度とこの話が蒸し返されることはあるまい。
 とうとうたまらず、あたしは胸を撫で下ろした――と。
「そういえばさ」
 ビクリッ!
 背後からかかった突然の声に、思わず教材を取り落としそうになる。
「何してんの、アキラ?」
「なっ……なんでも、ない、よ?ちょ、ちょっと手が滑っただけ。ずいぶん早かったね、恵美」
「うん?用意なら机の上にしといたからね。それよりもさ。私、少し気になることがあるのよ」
「きっ、気になること?」
「そう。光司さんのこと」
 サーとどこかで砂の流れる音がした。ちょうど砂時計を傾けた音に似ている。
 もちろん、今時の教室に砂時計なんてものが置かれているわけもなく、これは頭から血の気が引く音だと、あたしは遅ればせながら気がついた。
(落ち着け、落ち着くのよ。なにも恵美の気になることが、あのことだって決まったわけじゃないんだから)
 そう心で念じてから、あたしは口を開いた。
「へぇ〜、アイツの何が気になるって言うのよ?」
「あの人、歳いくつなのかな?」
「……」
「アキラ?どうしたのそんな面白い顔して?ダメだよ、女の子がそんな顔しちゃ」
 ビンゴ。
 いったい、あたしが今どんな顔をしているのかはわからないし、わかったとしても記述しようとも思わないが、とりあえず、恵美の質問はあたしの秘密の核心に触れるものだった。
 そう。あたしはそれを知ってしまった昨日から今まで、その事実からずっと目を背け続けてきたのである。
 ましてや、それを口外するなんて出来ようはずもない。なぜなら、そうしてしまった瞬間からあたしが、このあたし自身が、それを認めてしまったということになるのだから。
 ぎりっと強く、唇を噛む。
 悪足掻きだ。こうなったらやれるところまでやってやろうじゃないか!
「恵美はなんでそんなことが気になるのかな?」
「だって、光司さん刑事なんでしょ?それってあんな若くなれるもんなのかなって思ったのよ。あの人、格好こそあんなだったけど外見的には私たちとそう変わらない年代に見えたのよね」
「ふ〜ん……普通はどれくらいでなれるものなの?」
「どうたったかな?私も本の受け売りだからそこまで詳しくはないけど、どんなに早くても二十代の半ばくらいじゃなかったかな。それも高卒ですぐに入って」
「なら、そうなんじゃない?」
「ところが私はそうは思わないの。なんていうのかな。あの人のふとした仕草や言葉の端はしに知性みたいのを感じるのよ。あれは体力自慢で入った高卒じゃなくて、大学まで行って知識をしっかり蓄えた人の匂いね。ただし、利己的なところがないところをみると、いわゆるキャリアではないとみた」
 恵美の鋭い観察眼に、あたしは舌を巻く思いだった。なぜなら恵美の言葉が、昨日あたしが聞いた彼の経歴にいちいちもって合致していたからである。


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