滑り台‐地面=君と私-1
「リー!来て来て!こっちが…えと…彼氏のリョウだよ。」
照れ笑いしながら、ユウコが隣の男の子の腕を掴んでいる。身長170?のモデルスタイルのユウコより少し高い隣の男の子は笑顔を私に向けた。
「リエちゃん?いつもユウコから話聞いてます。本当ユウコが迷惑お掛けして…。」
「えー!?別に迷惑なんて掛けてないよ!だよね!リー!?」
ユウコが肩より少し長いめの髪を揺らしながら私の袖をぎゅーぎゅーと引っ張る。
「さぁーどうだろー?」
「リーひどいー!」
私ははしゃぐユウコがなんだかとても可愛く思えて、ユウコの彼氏の目配せと共に『からかいまくろう大作戦』を開始することにした。私とユウコの彼氏は恐ろしく息ぴったりで、作戦通りにからかいまくった。
それから私達は妙に仲良くなり、彼らのデート+私、という事も少なくなかった。初めはお邪魔じゃないのかと思ったが、『お笑い芸人3人組み』と言った感じで違和感はすぐに無くなっていった。私達は、たいした事が無くても一緒にいると笑っていられた。ユウコとリョウが顔を見合わせて笑っている所が大好きになった。
ユウコの家は私の家の3軒向こうというご近所で、小さい頃からずっと仲が良いまま高校生の今に至る。ユウコはスタイル良し、顔良し、おまけに性格まで良しという事で当然のようにモテていたが、当人は全く自覚が無く、さらに習い事のピアノに夢中だった為、以外にもリョウが初彼氏だった。
一方私は、身長170?だけがユウコとお揃いで、足が速い以外にはたいした取り柄もない。そして唯一の取り柄を生かすため、陸上部に所属していた。
くっきり晴れた空に雲が一つ浮かんでいる。こういう日はアウトドアな種目で良かったとよく思う。軽く準備体操をしてトラックを走っていると、トラックの内側のコートにリョウがいた。走りながらリョウに少し近づいた時、リョウが私に気付いてぶんぶん手を振ってきた。私も走りながら小さく手を振ったら、リョウは飛んで来たサッカーボールを蹴り損ねてすっ転んでいた。リョウはどうやらサッカー部のようだ。
練習が終わるともうすっかり空は暗くなっていた。冬になると5時でも案外暗くなっている。今日はせっかく早めに練習が終わったのに、こう暗いと嬉しさ半減だ。それでも私は素早く着替えて、荷物をまとめ部室を後にした。
「リー!!」
振り替えると制服姿のリョウが後ろから自転車で走ってきた。
「リーって陸上か。今まで気付かなかったよ。」
「私もリョウがサッカー部だって知らなかった。」 「うん、だって最近入部したし。」
―最近?―
私達の学校のサッカー部は弱小廃部寸前の危機で、まさかそんな所に好き好んで行く人がいるとは…。
「あー俺中学の時サッカー部だったし…ここだとレギュラーいけるかなと思って…。」
私の無言の疑問+視線を感じたようで、リョウは早口で答えた。
「何かあった?」
私は歩きだしながら前を向いたまま聞いた。リョウは自転車を押しながら私の隣に並んだ。
「リーにはかなわないな。隠し事もできないよ。」 私は前を向いて顔を上げたまま言う。
「何にも隠さなくていいよ。」
しばらく自転車のからからいう音だけが私達を支配していた。その音だけが世界中に響き渡っていく。
そしてその音は時間の流れをそっとなだらかにしていった。
「ユウコが会ってくれないんだ。だから暇潰しに…。」
リョウがつぶやく。音の支配は終わった。時間がもとの早さに戻る。
「来月に地区のコンクールがあるだろ?それで3位までに入れば全国ブロックに出場できる…。」
リョウは俯いた。
「コンクール前はピアノ漬けだからね、ユウコ。」 「わかってるんだけど…応援してるけど…。でももう2ヵ月ちゃんと会ってないし、メールや電話も2日に一回程度でさ。こんなで付き合ってるって言えるのかな。…それに気持ちは応援してても、ユウコに何もしてやれない…。」
そこまで一気に話すと、また黙り込む。自転車はさっきよりも大きな音でからんからんとなっている。
私は立ち止まり、リョウを振り返った。
「じゃあさ。今から会いに行きなよ、家まで。」
リョウも立ち止まる。
「そんな事…出来ないよ。会ってくれるかもわからないし…。」
「駄目ならまた明日会いにいったらいいじゃん。また駄目なら明後日行きなよ。それでも駄目ならまた次の日に。」
リョウは少し笑った。
「リー格好良いな。」
私も笑った。
「気付くの遅いよ。」
リョウは自転車にまたがった。
「俺は格好悪すぎだな。うん、行ってくるよ。」
手を振るとリョウは走りだした。
私は小さくなる後ろ姿から目が離せず、また3人で笑える事を切に願った。