快楽館-5
「いいえ、気を付けて帰って下さいね」
ぺこっと一礼してドアノブに手をかける。
『あなたの悲しくて…淫らな思いと行為のおかげで、私は生きながらえることが出来そうです―――…』
「―――え?」
最後に榊さんが何かを言ったけど良く聞き取れなかったから、ききなおそうと後ろを振り返ると。
そこには扉も何もなく。
ただ大きなビルの無機質な壁があるだけだった。
見回すといつもの見慣れた街。人が足早に通り過ぎていく。
狐につままれた様な、変な感覚に襲われる。
「な、なんで…?」
体はまだほてっているのに。
喉には洋梨の香りが残っているのに。
そうして思い出す。
ここにたどり着いたわけを。
でも今は不思議と心に痛みはなかった。
あんなオトコはこちらから願い下げ、『用はない』とさえ思えて来る程に。
そして私はもと来た道を歩き出す。彼のマンションを目指して。
ほのかな洋梨の香りを纏いながら……。