冷たい情愛9 過去-1
土曜日の朝。
私は遠藤さんと二人、ベッドの中で眠っていた。
都内まで通勤時間がかかる私はいつも5時起きだ。
そのせいか…休日もその時間になると目が覚める。
横には…静かに寝息をたてる、彼がいた。
仕事上で知り合った…そんないつもの彼からは想像できない安らかな顔。
私は、彼がいることに安心し…再び目を閉じた。
ブルブルブル…
今何時だろう…?外は明るくなっていた。
携帯が鳴っている。
高校時代の友人…智子だった。
彼女は大学を出て石油会社に就職したが、いきなり辞めて塾の講師になった。
結婚してもその職を続け、一軒家を購入したとたん、自宅を改造し塾を開業した。
出産後もすぐに仕事をし、塾を開く時間はベビーシッターを雇い、うまく仕事と母と妻をこなしている。
その全力を独身のまま仕事につぎ込んでいれば…
私が到底及ばない仕事女になっていただろう。
「紘(ひろ)ちゃ〜ん、今日暇?」
元気な声。
「何よ?どうしたの?」
「私の生徒がね、私たちの母校を受験したいんだって」
「へ〜、あんたの塾にもそんな出来のいい子がいたの」
私は笑った。
彼女の塾は、とても高校に入れそうにない学力の生徒を、平均まで持ち上げる…
いわば「進学塾」ではなく「補習塾」なのだ。
私と智子の出身校は、私立の共学進学校だった。
都内の進学校並みに独自のカリキュラムと特徴的な入試システムをとっていた。
都内から下って通学する生徒も多く、このあたりではかなり特殊な考え方の親が子どもを入れたがっていた。
「そうなんだよ〜。家庭事情が複雑でさ、荒れてる子でさ。
でもね、逆にハングリー精神が強いのか…やりだしたら凄くて。
私の指導じゃ限界かなって。大手にいくように勧めてるんだけど…この塾じゃなきゃ嫌だって」
「ふ〜ん…で、その子の受験の話でもしたいの?」
智子は楽しそうに言った。
「違うって!ちょうどさ、学校説明会が今日なんだよ。
でね、その子の母親っていい加減だから興味もないらしくて…
お祖母ちゃんが、自分が行きたいけど、こんな年寄りじゃ分からないだろうから
先生行ってくれないかって言うんだよ」
つまり、智子の生徒の親代わりに、塾の先生である智子が学校見学会に行くというのだ。
そして…私もどうせだから一緒に行かないかという誘いだった。