コンフリクト T-10
「言い忘れてたが、女だろうが手加減は……」
「前置き結構」
翔は犬山の言葉を遮り、手招きをして見せる。気遣い無用、と。そして、犬山が動く。
「っねやぁっ!」
静寂。
右ストレート。犬山が打とうとしたのはそれだった。だが、それが放たれる事はなかった。
「パンチって、つまる所、肩の回転運動だよね」
呟く翔の右足は、踏み込んだ犬山の左脚の膝を捉え、また左の掌は犬山の右肩を叩いていた。
犬山の動作は、形になる前に翔によって既に終了させられていたのだった。
「止めちゃった」
小悪魔さながらに、無邪気に、妖しく微笑む翔。それは、何処までも奔放で、妖艶で、そして美しく……犬山は背筋が凍り、身体中から血が失せたかのように体温が奪われていく。
翔はそのまま犬山の左膝に置いた右足を前蹴り、呆然とする犬山の無防備な顎を、右拳で掠めるように打つ。揺れる犬山の脳。
翔はさらに間髪入れず低く踏み込み、倒れ込む犬山の姿勢を利用して左のアッパーカットで再度顎を打ち上げる。犬山の脳は頭骨の内壁に激突し、脳震盪の症状を作り出す。
意識を失い崩れ落ちる犬山の顔面に、踏み込んだ左足を起点にした駄目を押す翔の右後回し蹴り。
たった3発の打撃。それにより犬山の身体は、糸の切れた人形のように地に伏せた。
「っしゃあっ!」
呼吸を忘れるような一瞬で、それは起きていた。
翔は右脚を上げたまま静止し、気合と共に息を吐く。
何が起きたか理解するのに時間を要したか、暫しの沈黙の後、白嵐側から歓声が上がる。
結果、地に伏せたのは坂巻工の犬山真代、それを立って見下ろすのは白嵐の織戸翔。勝敗は決した。
坂巻工で五指に数えられる犬山を、訳もなく一蹴した少女、織戸翔の実力。
その衝撃に言葉を失し、地面と口づける犬山を只々呆然と見つめる坂巻工の生徒達。
学ランを羽織りながら、翔は彼らに言った。
「ライオンちゃんに伝えな。ボクちゃん達、何にも出来ずに織戸に返り討ちに遭っちゃったから、仇討って〜ん、ってな!」
沸き上がる白嵐。意気消沈の坂巻工は、返す言葉もなかった。
「とっとと消えな!」
翔の迫力に気圧され、昏倒する犬山を連れて去り行く坂巻工の面々。
翔はそれを見届け、学ランを翻してグラウンドから校舎の方へ戻って行く。
「「「お疲れ様でしたぁっ!」」」
深々と頭を下げる生徒達に労われ、翔は校舎の中へ消えて行った。
無論この後、翔が飯田にこっぴどく怒られたのは言うまでもない。