結界対者 第四章-10
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街明かりの無い、やたらと月と星だけがギラついた国道を、俺達は無言のままに走り抜けて行く。
辺りは暗闇で、そこが林の中なのか、畑の中なのか、皆目見当がつかない。
昼間、来る時に同じ道を通って来たのだから、全然という訳でもない筈なのだが、その事すら全く思い浮かばない程に俺は、俺達は完全にヤられていた。他でもない、先程の忌者とガーゴイルの出現に、だ。
暗闇に覆われたまま迫り来る景色とともに、頭の中を色々な事が次々に通り過ぎていく。
何故、結界を狙って来る筈の忌者が、結界など何も無い海岸に現れて、俺達を襲った?
あのガーゴイルの正体は何だ? 俺達を助けたってことは、やはり樋山の何か…… いや、樋山自身なのか?
そして、最後に間宮が言ってたアレ
『でも、なんで? まさか、本当に願いが叶ったの?でも、こんな……』
一体、どういう意味だ……
ヘッドライトは二人の心を覆った闇を消す事はなく、ただただコバルト色のアスファルトに光を投げつけながら闇を行く。
やがて、彼方にキラキラと街明かりがかすみ始め、俺達は神埼へと戻って行った。
それから、大通りの端にあるタイムベルに辿り着いたのは、ほんの暫く後だった。
無言のままでシートから降り立ち、ヘルメットを外す間宮を横目に、俺は何となく出掛ける前に彼女が
「私には、気分転換が必要……」
と言っていたのを思い出した。
そして、結果的に今日の全てが、気分転換どころか更にマイナスを生んでしまった事を、改めて後悔する。
「間宮、ごめんな」
思わず、そんな気持ちから言葉を溢すと、間宮は無言のまま首を横に振りながら
「別に、アンタは何も……」
と言いかけて、下唇を噛み締めた。
せめて、気休くらい言ってやりたい…… しかし、何も思い浮かばないから、そのまま黙る。
ただ、店の入り口までは送って行ってやろう…… それだけを、ボンヤリと思い付いた、その時!
店の入り口の方から、ガタンと何かが壊れる時にも似た烈しい音が響き、
「帰って! そして、二度と来ないでっ!」
悲鳴にも似た、サオリさんの声が、辺り一面に響き渡った。
……っ、なんだ?
驚き、慌てて視線を合わせると、店の入り口で対峙する、背広姿の二人の男とサオリさんの姿が判る。
あいつら、昼間に楽箱に居た奴らだ……
直感、微かな記憶との一致、その両方ともに当てはまるかどうかも定かではないが、確かに俺はそう感じた。
そして、そこに近付くにつれ、それは確信に変わる。
そいつらの背広の襟には、以前樋山に差し出された名刺に在ったものと同じ、あのジルベルトのマークのバッジが銀色に鈍く、店の中から漏れる光に輝いていた。
二人の男は、片方は若く、もう片方は初老、雰囲気的に初老の方が身分が上で、その補佐的な役目を帯て若い方が付いて来た、という感じか。
サオリさんは、これまでに見た事の無い程の烈しい形相、というよりもこの優しさの顕現であるような女に、果たしてこんな顔が出来るのだろうかと疑いたくなる程の勢いで、目の前の二人を睨みつけている。