飃の啼く…第15章-9
「パパ…もう帰ってこないんだって。」
「そうか…。」
「ママにも、もう会えないの。さくらが小学校の2年のときに、死んじゃったの。」
そう言って、その子は再びしゃがみこんだ。
「おじさんには、パパとママ、いる?」
「いや…ずいぶん前に、会えなくなってしまったな…」
彼女は、庭の地面に、手でさまざまな模様を書いては消しながら、聞くとも無く聞いた。
「さびしい?」
両膝の間にあごを乗せて、何かを忘れようとするかのように一生懸命絵を描く彼女のなかに、彼女らしい強さを見た。
「ああ…でも今は…」
さくらがいるから…
「それほど寂しくは無いな。」
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やっと追いついた。そこは、村に流れる、小川の上流のほう。彼はたった一人で、石だらけの河原に立っていた。
「…ひっく…」
泣き声をこらえながら、川面に向かって石を投げている。小さな石が、ぴちょん、と小さな波紋を作っては沈んでいった。
幼い飃は、行儀の悪いくるくるの黒髪を後ろで一つに結んでいた。動くたびにひょこひょこ揺れるその髪が妙に子供っぽくて私は頬笑みそうになる。私が立てた、草を掻き分ける音に気づいて
「誰だ!」
と振り向く。
勇気はある。それに、泣きたいのをこらえて一人で我慢するところも、変わってない。…本当は泣き虫なのにね。
だんだん、細かな記憶がよみがえってくる…間違いない。この子は本当に飃なんだ。
「…ああ、父さんが助けた人間か。」
私の姿を見て、つまらなそうに言った。声変わりの気配すらない飃の声は高くて澄んでいた。
「残念?」
「…べつに。」
私があまりに親しげに話しかけるので、彼は少し面食らったようだった。
「ただ、お化けかなんかだったら、己が倒して、他のやつらに自慢してやるのに、って思っただけ。」
それきり、私からふい、と顔を背けて座り込んでしまった。