飃の啼く…第15章-8
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その家にたどり着く前から、飃の耳にははっきりと聞こえていた。坊さんの読む経の響き。木魚の音。それに、すすり泣く声。それと、噂話。「殺されたんですって…」
「野犬か何か…とにかく尋常じゃなかったみたいよ…」「怖いわねえ」
家の中に道場を有しているとあって、さくらの家は巨大だった。表札には『草月流薙刀・槍術道場』の看板。でも、今日はその手前に、大きな提燈と、その下にすえられた小さな鹿嚇しがある。黒い服の人間たちが、手に手にハンカチを持って、若すぎる家人の死と、立て続けに起こるこの家の不幸を嘆いていた。
油良が言っていたのは、こういうことだったのだな…
もしかしたら、黒い服が必要になるかもしれないと、投げてよこした袋の中には、人間の喪服一式が入っていた。
なんだって人間はこんなもので首を絞めたがるのか…さっきからネクタイをしきりに気にしながら、飃はその家の門をくぐった。
経は苦手だ。
仏教といえば、飃たち妖怪や狗族の地位を脅かした存在そのものだ。仏教がこの国にわたってきてから、自分たちを神とあがめていた人間たちは手のひらを返したように、我々を『バケモノ』扱いするようになった。仏にすがって、悪鬼を調伏…飃は身震いして、せめてと、家の外から小さな声で鎮魂の歌をささげた。
出来るだけ家に近づいて、小さな女の子の姿を探して覗いて回る…どうやら家の中には居ない。
一足遅かったか…と不安になりかけたとき、庭の隅で、しゃがんでいる子供を見つけた。
彼女は、一張羅の黒い喪服を着て、沼のふちにしゃがんで何かをにらみつけている。その瞳が、あまりに見慣れた…大切な記憶そのものだったので、飃の胸は小さく痛んだ。
「家の中に…入らないのか?」
いきなり声を掛けたので、少女はびくっとして立ちあがった。
「おじさん…だれ?」
「おじ…?いや、己は、君のお父さんの親戚でね…。」
子供の素直な言葉にちょっと傷つきながらも、とりあえず無事な姿の彼女を確保して安心できた。
「だから耳が生えてるんだ!パパと一緒だね!」
そう言って、彼女の父親がもう帰ってこないことを思い出して、表情が沈んだ。