飃の啼く…第15章-6
「目が覚めましたか。だが、もう少し横になっていたほうがいい、人間のお嬢さん。」
あ…解った…この人は、私の旦那さんのお父さん…。
「飃の知り合いかい?それにしては…。」
「あなた…あまり詮索してはいけないわ…。」
私の傍らにひざをついて布団を掛けてくれた女性は、飃のお母さんに違いない。
……なんて奇麗な人なんだろう…
優しい瞳、長くて美しい黒髪。飃の髪は、お母さん譲りなのね…それと、すっと通った鼻筋も。金色の目と、きっと結んだ口はお父さんのものだ。飃の記憶が、一気に舞い戻る。何だか不思議…
「ああ、そうだったな。お嬢さん、名前は?」
「名前?」
驚いて聞き返す。ああそうだ。名前を聞いてる…
「さくらです。八条さくら。」
「八条さん…?まあ、あなた、鷹風さんの奥様のお家の方?」
…しまった!父さんは狗族だ。父さんの名前や、婿入りの先の名字を知ってたって、何の不思議も無い。
「えぇえ…まあ、そうです。」
上ずった声で笑ってごまかした。心臓の音を聞き、ほんのわずかな体臭の変化をも嗅ぎ分けることの出来る狗族相手に一番やってはいけないごまかし方ではあったが。
「式では見かけなかったが…未来の親戚の結婚相手を見に来たというわけかね?」
お父さんが少し硬い声で言う。
「いいえ!そんなつもりは…ただ…この村は素晴らしい所だと、父さ…叔父が話していたので、どんなところかなー、なんて…」
そんな私を、お母さんがフォローしてくれた。
「あなた!すぐに疑ってかかるのは悪い癖ですわ…ねぇ?さくらさん、許してあげてね?ここのところ神経質になってるの。」
「とっ、とんでもない!」
本当に優しい。私の母さんも、こんな風に優しかったのだろうか。なんだか、子供に戻ったみたいに嬉しくて、安心した気分になれる。お母さんは、そんな私を見て微笑んだ。
「私は、雪解(ゆきげ)です。この人は浚(さらい)と言って、この村の東班の長を務めているわ…。」
「よろしくな、娘さん。せっかく来たんだから、しばらくうちに泊まるといい。」
そう言って、お父さんも笑った。
二人とも…少しやつれているように見えるのは、きっと…