飃の啼く…第15章-4
「だっ…誰っ!?どこにいるの!?」
「ここじゃよ…さくら殿…」
近くの水溜りが、風も無いのに波立つ。用心して近づくと…そこには奇妙な男の顔…水鏡に、何と無く見覚えのある顔が映っている。水溜りの鏡に像が映るなんていう不自然なことに驚かないのは、前例があるからなのに…
「あ…あなた!あなたは……えーっと…」
思い出せない。
「羽黒山の蛇族、油良。」
「っ!そうそう!油良さん!どうしてここに…?」
近くの街灯が、ばちっと音を立てて消え、当たりは一瞬にして闇に包まれてしまった。
それを見たゆ…ゆ…そう、油良が
「時間が無い、急いでこの中に!」
私が躊躇する間もなく、水溜りの中から油良さんの腕が伸びてきて、私を水鏡の向こうへ連れて行った。地面にぶつかるのを畏れて堅くした身体には、冷たい水がしみこんでくるだけだった。
+++++++++++++
「ちっ…老いぼれが邪魔しおって…」
暗がりの中から現れた蛇は、ただの水溜りに戻ったところを憎憎しげに睨み付けた。
だが、まだ失敗ではない。失敗とはすなわち…死を意味する。
+++++++++++++
「どういうこと!?油良さん!」
鏡を抜けるときの妙な感覚に酔っ払いながら、息せき切ってたずねた。
「私…なんていうか、前の私と違うみたいで、その…」
「解っておる。」
言葉にならない私の言葉を、油良が制した。
「過去を乱したものがいる。申し訳ないことに、われらと同じ、蛇の一族だ。」
「過去を…?」
私が立っていたのは、奥深い、湿った森の中にある沼のほとり。足元には羊歯が覆い茂り、針葉樹の大木が、夜空すら覆い隠していた。