飃の啼く…第15章-17
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風が暴れる。窓ガラスを揺らすほど凶暴な春の風が、飃の髪を乱していく。
「澱みよ…隠れていないで出てくるがいい。」
八条家の庭先に仁王立ちして、飃が言った。さくらが寝付いてから、ずっと感じていた気配…
「何の武器も持たん犬っころが…いきがってよお…」
ずる、ぺたんと、気持ち悪い足音が近づいてくる。
「お前如きに、武器を必要とすると思うのか…?」
飃の不敵な笑みが、不意に雲の間から顔を出した月に照らされて、怪しく光る。屋根の上からの一撃が、飃の足元を狙った。
「この家の主を殺したのは、お前だな?」
彼はそれを交わし、足を若干肩幅より広く開いて、呪文を唱え始めた。
「へへ…その通りよお…!呪いで弱った犬一匹…容易いもんだぁ!」
長く伸びた舌は、しゅっと音を立てて屋根の上に戻っていく。飃は、前髪を纏めているガラス玉を一つだけ取り外した。そして、一気に上昇する自分の中の「力」を足元に込めて動かす。
「降りて来い、蝦蟇(がま)。そうすれば…」
不可思議なステップは、北斗七星の並びを地面に刻んでゆく。
「…すぐに殺してやる。」
「なにぃい〜!?」
挑発に乗って、屋根の上から降りてきた蝦蟇蛙そっくりの澱みは、飃の行っていることがなんなのか見当もつかなかった。知っていたら、もう少しためらうか、即座に少女をさらって逃げていただろうに。
「北斗七星の名において……蝦蟇よ、お前を縛する。」
蝦蟇が飛び降りた地面が白く光って、醜悪な澱みを捕らえる。
破魔術に明るい者なら、飃の足の運びが、古くからある「禹歩(うほ)の術」で、足で破魔の呪を地面に刻む退魔の法だとわかったろう。
「な…!」
身動き取れない蝦蟇に向かって、無防備に近づいてゆく。
「言え、蝦蟇。お前は誰に動かされた?」
「い…言うものか…。」
ふむ。と飃は一瞬間をおいて
「勘違いしているようだな?お前に選択肢は無いのだ。」
目の前に掲げた手が、熱を帯びて白熱する。そのあまりの熱さに、蝦蟇の皮膚の表面が乾いてゆく。それ以上に、その光の持つ破魔の力が、蝦蟇そのものを焦がしていった。
「ひ…言う!言うよォ!蛇だ、蛇族だ!畜生ぉ…こんな術を使えるなんてぇ…」
わめく蝦蟇を無視して、飃はさらに問いただす。
「蛇族・・・?そいつは誰に遣えている?」
「知らねえ!おれみたいな下っ端が知るわけ…わかった!言うって!獄とか言う奴だ!あいつはそう言ってた!」
それを聞くと飃は、手を蝦蟇から遠ざけた。