The Hint Of The Storm-7
『少年くんへ
メリー・クリスマス!
私のこと、覚えてるかな?八条さくらと言います。そちらでの生活はどうでしょう。皆優しい人たちばかりだから、きっと辛くはないと思います。
贈った本は、私が自分の母の本棚にあったのをもらったものです。私は、その本に書いてある言葉に、時に叱られ、時に励まされ、諭され・・・・とにかく、とてもいい言葉がいっぱい載っています。暇なときにでも、読んでみてね…
いい来年を。
八条 さくら』
この人も敵だったのに。殺そうとした相手に贈り物だなんて…人間って言うのは狗族以上に不可解だと思った。それでも…ページをめくって飛び込んできた言葉が、妙に心に残った。
『我々は 我々自身を冷笑しないために多くのものを冷笑する』
いつしか冬の名残も姿を消して、若葉が「春の匂い」とよぶ、なんとも埃っぽいような、かぐわしいような香りが森を包んだ。森でであった狸の親子に微笑みかける彼女は、とても奇麗で…そして、自分の子供のことを話すときの若葉のお母さんに似ていた。嬉しい顔とは違う。もっと別の、僕の知らない表情だ。
「ねえナナ…ここに来てもう二ヶ月になるけど…ナナはこれからどうしたいの?」
白から茶へ、毛の生え変わったウサギを撫でながら、不意に若葉が言った。
「みんなはね、もしナナが望むなら、ずっとこの村にいればいいって言ってる…その…わたしも、もちろんそう思うけど…。」
ちらりと、僕の顔を見る。
「ナナはどうしたいの?」
困惑した。
今まで、誰かに選択肢を与えられたことはなかったから。狙った的に当たらなければ罰を受ける。殺せなければ罰を受ける。飃と言う人だって、この村にいるように僕に命じた。そしてそれは、僕に住処を与えるためじゃない。罰のためだ。何でこれが罰になるのかは、いまいちよくわからないけど。
「でも、僕は…。」
珍しく、若葉が僕の言葉をさえぎって言った。
「皆、ナナの過去なんか気にしないよ!きっと、簡単にはいえないことなんだと思う…でも、そんなのいつになってもいい、いつか話してくれればいいよ!だって…ナナは仲間なんだから…ナナは私たちと同じ…おんなじ狗族じゃない!」
若葉の手の中のウサギが、驚いて茂みの中に逃げていった。風が、芽吹きはじめた木々の枝を揺らしてわたってゆく。
「僕が…狗族…。」
頭の中で理解していたことを、他の誰かから聞かされると思わぬ効果を生むことがある。いま、この場合がそうだ。
でも…僕には…耐えられなかった。