The Hint Of The Storm-6
「おめえをここにおくと決めた飃の旦那もな…澱みにひでえ目に合わされた狗族の一人だ。だが、あの人はそこで立ち止まらなかった…進んだ。例え復讐しか念頭になかったとしても、だ。」
それがいいことなのか悪いことなのか、夕雷は言わなかったけれど、彼の表情が曇ったのは解った。
「あのお人は強くなった。それこそ、この国を出て修行のためにいろんなところを回ったと聞く。オレは…オレはそんな風にはなれねえけどよ…。」
夕雷は、所在無げに鎌をぶらぶらさせつつ、あたりを歩いた。どこかに落ちている答えを探そうとするかのように、視線が地面をさまよっていた。
「強くならなきゃ、進めねえってのは確かだ。おめえが何を望むにしろな。」
強くなる…強くなって、進んで…僕は何をすればいい?狗族の人たちの目をまともに見返すことも出来ないまま、僕はこのまま生きていてなんになるんだろう。そんな疑問がわいたけど、口に出せばまた拳骨が飛んでくるから、黙っていた。代わりに
「どうして…僕に稽古を…?」
と聞くと、夕雷は僕の鎌を指差した。
「そいつの使い手を、もっとましな男にしてやりてえ。それだけだ。お前は兄貴を殺した。そして兄貴の鎌を使ってる…なら、兄貴が満足できるほどの鎌使いになるのが…せめてもの罪滅ぼしってもんだ。」
そう言うと、また枝きりを僕に命じて、自分は村に帰っていった。
若葉のお母さんのお腹は、日に日に大きくなってゆく。この中にもう一体狗族が入っているなんて…なんだかグロテスクだと思う。しかも、その子供はお腹の中で動くらしい。お腹の中で何かに蹴られるなんて…僕が女だったら、こんなことには耐えられないだろうな。臨月にはいった彼女を、みんな心配そうに、それでいて丁重に扱う。まるで水の入った風船のようだ、と僕は思った。針の一突きで破裂してしまいそう…
イナサは、そんな彼女を優しくいたわり、僕に彼女をよろしく頼むと言った。なんだか照れくさかったし、こういうことを僕に頼むなんて間違っているような気がした。
まぁ、嫌ではなかったけど。それに、最近ようやく、自分に背中を向けている狗族に対して鎌を投げつけなきゃいけないんじゃないか、という強迫観念が消えたし。
若葉のお母さんの出産予定日に近づいても、僕は相変わらず、雑用をこなす以外は稽古に明け暮れる日々。目的も、答えも持たないまま。
ただ、クリスマスに、飃さんの奥さんから贈り物が届いた。それは、古びて、ページの四隅が茶色く変色した分厚い本だった。
『世界名言集』
その古びた本は何度も何度も読み込まれていた。時には付箋があり、ページの隅が切れていたり…なんでこんなぼろい本を贈ってくるんだろう?といぶかしみながら最初のページを開くと、一枚の手紙が落ちた。