ICHIZU…Last-5
「いやぁ…12年ぶりだ!大人になって、精悍さが増したな」
榊の言葉に、一哉は照れた表情で笑う。
「もう落ちましたよ。今は週末だけの軽い運動しかやってませんから」
「そんな事無いだろう。甲子園で見せていた〈剛腕 藤野〉の頃よりも身体が大きく見える」
「よして下さいよ。単に太っただけですよ」
一哉に促され、2人が席につく。すぐに店員が注文を取りに来た。
「君は何を飲む?」
榊が訊いた。すると一哉は店員に注文を待つように頼んだ。
店員は〈分かりました〉と言って、その場を立ち去った。
それを見て一哉は榊に言った。
「お気を悪くされたら申し訳ありません。ただ、監督の〈相談〉についてはシラフで聞きたいものですから」
榊はバツの悪い顔を見せながら、
「そんな事言ったか?」
「ええ、監督は相談事がある際、前置きが長くなるんです。あの頃からそうですよ」
完全に見透かされていた。
榊は決心して一哉に語り出した。
「君に頼みたい事は2点。まず、ひとつ目が……」
それからの20分間、榊は自分の思いを、細かいディテールに及び一哉に話した。
その間、一哉は一切口を挟まずに双眼を閉じて、ただ相づちを打って聞き入っていた。
榊の話が終っても、一哉はしばらく目を開かず、腕組みをして考え込んでいたが、
「分かりました。1つ目の依頼については、それとなくやってみます。ただ、2つ目の件は、日程の調整もありますから即答は出来かねます」
「それは、イエスととって良いのかね?」
「ええ、おそらく夏休み終了後には出来るかと……」
榊は嬉しさのあまり、一哉の両手を取り頭を下げた。
「ありがとう……ありがとう…」
一哉は困ったという表情で、
「よして下さいよ!監督が頭を下げるなんて」
「いやあ、これで安心して青葉を去る事が出来るよ」
「安心するのはすべてクリアーされてからと思いますよ」
「そうだな…」
「とりあえず話は終わりました。さあ、ここからは再会を祝いましょう」
一哉はそう言うと、店員を呼び寄せた。