飃の啼く…第14章-8
「私は…今まで何をやってきたのか…当たり前のようにバケモノを殺し、人を助けたつもりでいた…そのうちに、あの不思議なものが私に言ったのだ……過去から目を背けるのは…よせと…」
彼はふーっ、とため息をついて、話を続けた。
「ふ…本望だよ…今まで散々行ってきた邪悪な行いに…君の手で終止符を…」
そして、瞳は一瞬虚空をさまよい、再び飃に戻った。
「なあ、覚えてるか…
…天運苟如此,且進杯中物…
これ…二人でよく言っては…飲んでいたな。」
飃は、彼の手を取って、優しくうなずいた。私から、彼の表情を見ることは出来なかった。それでいいのだ。そこに存在するのは、かつて遠い国で共に励み、笑った二人の友人と、その記憶だけでいい。
「ふ…その目…その目…大事にしろ…。」
そうして、小さな声で、言った。
「静音…すまぬ…な…」
そして、静音の流した涙が、光を失った蚩の目に落ちて…彼と彼の式神は、この世を去った。
その夜、飃は家を空けた。
私は、ドアを開けて出てゆく彼の背中に「言ってらっしゃい。」とだけ告げて、理由も行き先も聞かなかった。だって、知っているもの。
時計の針が、新しい“3”をさした頃、飃は帰ってきた。ドアを開ける音のあと、玄関先でくずおれる音。私は、眠っていた振りもしないで、寝室から玄関へ向かった。無精ひげと、今ままでで一番濃厚な、酒の匂い。
まあ、少なくとも、香水の匂いはない。
私は、大きな飃を何とか背負って、ベッドまで連れて行った。ばふ。と、半ば放り投げられた飃の身体がバウンドする。
…狗族も酒に酔って吐いたりするのかな。
何だか心配になって、お風呂場から洗面器を持ってきて、そこに袋をかぶせる。
リビングで作業していると、寝室から苦しそうに唸るような声が聞こえる。私は洗面器を片手に寝室に戻る。まさか手遅れ…?
飃は、ベッドの上で苦しげに、何度も寝返りを打っていた。今はまだ吐いていないけど、この分じゃそのうち吐くだろうな。
手に持った濡れタオルで、顔を拭ってあげる。その苦悶の表情が、少しでも和らぐように。
「ううう…」
獣のようなうなり声が、私を一瞬不安にさせる。ぴく、と、止まった私の手を、飃が握る。