飃の啼く…第14章-7
「さ・・・くら・・・」
飃の理性が、嵐に耐えてしなる枝の木の葉のような危うさで、ひらめいた。
「逃げ……」
そして、最後のビーズが、そこにあった。
まだかろうじて、前髪を束ねた一房に。
血と埃ですっかり汚れてしまった彼の頬を、私の手が包み込む。
「逃げるもんですか…。」
私は、手に持っていたビーズをそっと髪に通した。飃が、私を仕留めようとするあなじをかろうじて制御するものの、恐ろしいうなり声だけは私を脅かすように聞こえていた。全てのものを殺戮せんと荒ぶる闇の化身と飃の戦いは、彼の内面で確かに繰り広げられていた。
一つ…二つ…
…三つ…
飃の鋭い爪が、私の顔に向けられる。
理性がその一突きを押しとどめるけれど少しずつ、少しずつ近づいてくる。
四つ…五つ…
爪が・・・短くなって…。
そして
六つ…
逆立っていた髪は、徐々におさまり、瞳はいつもの優しい金色に…。
そして、最後の一つ。
その目の中に私を映して、彼は深い…ため息をついた。
「う…」
遠くで、蚩のうめき声がする。飃は即座に彼の元へ駆けていった。
「巌!」
くくっ…と、蚩が笑う。
「わからん奴だな…私はもう…その名は…」
彼は力なく咳き込んで、痛みに顔をしかめた。傍らには静音が座っていて、静かに涙を流していた。