飃の啼く…第14章-5
獄の牢獄で、そしてあの毒で、あなじの姿が露になったのはこれで3度目だけど、今回のが一番恐ろしかった。
真っ黒な幾何学模様が、不意に立ち込める暗雲のように飃の皮膚を覆っていく。飃の目は瞳を失って金色に輝く炎のように燃え盛り、知性を失ってただ、ただ煌々と光る。目の前に立って、狂った笑い声を上げる蚩をにらみ付けながら。
蚩は、飃の髪から抜き去ったガラス玉を放り投げた。そのばらばら、という音が、飃の怒りに火をつけた。
飃は、猛烈な勢いで蚩に向かってゆく。次から次へと繰り出される飃の攻撃を、蚩は真剣な表情で往(い)なす。火花さえ飛び散ろうかというほどの、激しい戦いだった。
私は…それをただ、瞳に焼き付けることしか出来ず…
「ぐっ!」
蚩が、飃の攻撃をよけ損ねて身体を折る。その一瞬の隙を、飃は嬉々としてつく。容赦ない攻撃の嵐に、蚩の守りは一瞬崩壊するけど、すぐに集結させた気が、飃を弾き飛ばす。
その時、静音が私の隣で涙を流して地面にへたり込んでいるのに気がついた。
「ちょっと!あんた!よくも騙して…飃をあんなにしてくれたわね!」
彼女はびくっとして私を見た。
「騙しては…いません。」
彼女は頭をふる。
「私は、彼に主人を殺して欲しかった。でも、確かに主人も彼と戦いたがっていたのです…過去の屈辱を拭うために。」
「過去の屈辱…?」
静音は、私の目を見られないというように、うつむいたまま話した。中国で、大昔に生まれた恋と、その悲しい顛末を。
「それで…」
「彼の手にかかって死ぬのなら…あの人も本望でしょう…。」
そう言って、静音は顔を蚩に向けた。
「でも…」
本当に楽しそうに、飃と戦っている。顔は血で濡れ、身体もずたずたなのに。
飃は、痛みに躊躇こそしないものの、体中の傷跡は浅くはない。
「でも…このままじゃ…!」
飃の渾身の一撃が、蚩の身体を貫く。飃の血まみれの手が、蚩の背中から一瞬突き出て…蚩は、その衝撃でこちらに飛んできた。レンガが積み木の塔ように崩れて、土ぼこりが舞い上がった。
そのほこりの中にいる蚩はピクリとも動かない。気を失っている?いや、もう息絶えているのかも。
「静音!もう十分だわ!お願いだからこの糸を…!」
言い終わらないうちに、束縛が消えた。