ずっと、好きだった(4)-1
「悠紀のためじゃない」
そればかりを繰り返し、崩れるようにして彼女はうずくまった。
僕は、何をやっているのだろう。
本当に彼女を想っているのなら、会いに来るべきではなかった。
それを、断られるのが怖いからと、連絡もせずに押しかけるようなまねまでして。
そもそも、再会するべきではなかったのだ。
振り返るべきではなかった。
僕の名を呼ぶ彼女の声に、どんなに胸が焦がれようと。
引き止めるべきでもなかった。
気持ちを伝えるべきでも、電話をかけるべきでもなかった。
僕の存在は、彼女を苦しめることしかできないのだから。
今も、あの頃も。
「悪かった。もう、関わらないから」
立ち上がらせようと彼女の腕を取るが、頑なに動こうとしない。
「もう、やめるから。ほら、立てって…」
その時、彼女の携帯電話の着信音が鳴り響いた。
この曲。
高校時代の記憶が蘇る。
彼女にはただ一人だけ、他とは違う着信音を設定している‘特別’な人物がいた。
あの頃、このメロディーが聞こえる度に、僕は嫉妬の海に溺れて。
「…出ろよ」
情けなく居残ろうとする期待や願いを振り払う。
これでいい。
終わらせるんだ。
「早く」
彼女は力無く首を横にふる。
「俺、どっか行ってるから」
「違うってば…」
「何がだよ」
「悠紀のためじゃないんだってばぁっ…」
着信音が途切れる。
僕を見上げる表情は、今にも泣き出しそうに歪んでいる。
動揺で手を離しかけると、彼女の細い指がそれを引き止めた。
「ノリ…?」
縋るように僕の手を握りしめるそれを、戸惑いがちに包み込む。
「友達じゃないって言ったのも…秀司の電話に出られないのも…私が…」
俯く彼女に、僕はしゃがんで視線を合わせた。
必死に取り繕った決意は消え去り、思考は回路を停止する。
「私が…」
僕は彼女を抱きしめた。
どうするべきだとか、何が正しいかとか、そんなことは僕が一番わかっている。
四六時中、彼女のことばかりを考えてきたのだ。
それでも、それを選択できない。
結局、一年前から、僕は少しも成長していない。
相変わらず、彼女が好きで、ただそれだけ。
「どうしよぉっ…」
彼女の肩が震えている。
僕は抱きしめる力を増した。
「大丈夫」
情けない僕は、根拠の無い慰めを口にすることしかできない。
「大丈夫だから」
僕の腕の中で、彼女の涙が止まることは無かった。