くさいジャージとインモラル-1
わたしの目の前には中年の男と女。
二人とも顔をぐちゃぐちゃにして泣いている…面倒くさい。
「僕は君に恋してしまったんだ」
男が口を開く。
「わたしもよ。しょうがないことよね」
女がそれに答える。
「そうさ!恋は誰にも止められないんだ」
「やすおさん!」
「きみこ!」
二人は固く抱き合った。
「わー、とっても感動的ですねえ、澤田さん」
わたしはパチパチと拍手をしながら、隣にいる澤田に微笑みかける。
「え?ああ、うん…そうかなあ?」
いきなり話しかけられた澤田は、しどろもどろになりながら曖昧な返事しか返さない。
使えない。適当にそうだねって言えばいいものを。
「感動的ですよね、ね?ね?!」
澤田を軽く睨む。調子を合わせるのだ!
「あ…ああ!とってもお似合いなお二人じゃないか!斎藤くん!」
やればできるじゃん。
「ホントお似合いです!お二人とも是非幸せになってくださいね。応援してます、わたしたち。ねっ?」
「あ、ああ!草葉の陰から見守ってますよ!」
草葉の陰からって…死ぬなよ、澤田。
「ありがとう。僕達ふたりでがんばるよ」
男はまだ泣いている。
「じゃあ、お帰りはこちらからどうぞ」
わたしは外へ通じるドアを開けた。
さっさっと帰れ。不倫カップルめ。
「奥さんもいて、幼稚園児の子供までいるのに、何が恋しちゃった、なんですかね。気持ち悪い」
わたしは客が帰ったあとの室内を片づけていた。
「あー、斎藤くん、さっきと全然態度ちがーう」
わたしの手伝いもしない澤田が、大好きなコーラを飲みながら言う。
「当たり前です。澤田さんが裏表無さすぎなんですよ」
「そうかなあ…女のひとってこわい!」
「わたしがいるから、この事務所はもってるようなもんですよ。澤田さんはお世辞なんて言えないし。この前も、逃げたブルドッグ探してくれっていうお客さんに、飼い主によく似るもんですねー、とか言って怒らせちゃうし」
「ごめんね」
謝り方が軽くて逆にむかつく。
「しかも、わたしが捕まえたそのブルドッグ、顔がかわいくない!とか言って逃がしちゃうし」
「感謝してますよ、斎藤くんには」
「本当ですか?じゃあお給料上げてください」
「はいはい、いつかね」
全く心の込もってない返事である。
「『はい』は一回ですよ」
「はーい!」
澤田は元気よく返事を返した。小学校の先生になった気分である。
この澤田という男は、ごくごく小さい探偵事務所の所長だ。
そしてわたしはその事務所のたった一人の所員斎藤あゆみである。
人気のない路地の奥に位置する、いつもは暇な「澤田探偵事務所」も、今日は大変騒がしい一日だった。
まず、「夫の浮気を調査してくれ」という女性が三週間前に訪ねてきたことが始まりだった。
「僕ちん、仕事したくないから、斎藤くん適当にやっといてちょんまげ」という、澤田の言葉(一部脚色あり)に促され、わたしがほとんど接客をしている。
澤田は興味のある話しが出たときか、一方的に自分が話したいときにしか会話に参加しない。
はっきり言ってだめな所長である。
最近では依頼人のほとんどが、わたしのことを「澤田所長」だと思っているようだ。