くさいジャージとインモラル-2
「浮気調査」は良く依頼されるものである。
今回もいつもと同じように、女性の夫の身辺調査をし、証拠の写真を押さえ、奥さんへと調査結果を報告する運びとなった。
しかし、そこで事件は起きた。
奥さんがあろうことか、浮気をしている旦那本人を連れてきたのだ。
女は怖い。こっちは気まずいったらない。
そんな状況で結果を報告しろと言う。
女はホント怖い。勘弁してほしい。
仕方ないから調査結果を報告したわたしだったが、やはりバトルは勃発した。
奥さんは半狂乱になるし、旦那さんも怒鳴り声あげるし、澤田はぽかんとしてるだけで役に立たないし。
それどころか、逃げようとするし。
そんな最悪の状況の中で、だけどもっと最悪なことが起きた。
「今ここに浮気相手を呼べ」と奥さんが言ったのだ。
まさか、「いいよ」と旦那が言うものかと、逃げようとする澤田の服を逃がすまいと掴んでいたわたしは思った。
しかし、そのまさかだった。「いいよ」と旦那が言ったのだ。
「なぜ?」
と、澤田とわたしの発言、そして気持ちが重なった瞬間だった。
かくして、意外と早く浮気相手は来た。
夫婦をとりあえずファミレスとかに移動させる前に、浮気相手は来てしまった。
ご近所さんだったらしい。
浮気相手も呼ばれてのこのこよく来たもんである。女はマジで怖い。
そして30分に及ぶ話し合いの末、奥さんは二人に呆れて帰って行った。
傷ついた奥さんに「調査費の不足分をください」とは言いづらかったので、それは澤田に言ってもらった。
「いいよ。それくらい」とあっさり引き受けてくれたので、澤田の「鈍さ」に心から感謝した。
あの状態の奥さんから調査費を徴収できるのは、澤田くらいなもんである。
そんなこんなで旦那さんと浮気相手は晴れて結ばれた。
奥さんには気の毒だと言うしかない。
「澤田さんて、浮気したことありますか」
不倫カップルが帰ってから数時間、わたしは真面目に仕事をしていた。しかし「斎藤くん、コーラおかわり!」という澤田のまぬけなオーダーを受け、仕事を中断せざるを得なくなった。
そこで、もう一年以上二人で仕事をしているのに、全然知らない澤田の私生活を聞いてみようと思ったのだ。
おかわりのコーラを、所長椅子に座っている澤田に持っていくと、背もたれに深く背をくっつけたまま、腕だけめいっぱい伸ばして「ありがとー、斎藤くん」とコップを受け取った。
なんだかその姿は子供みたいだった。
「浮気なんてしたことないよ」
澤田がコーラを飲みながら言う。
「でしょうねえ」
なんせ、子供みたいだもんなあ。
「そもそも、恋愛したことありますか」
一年中、同じジャージ(洗濯しているのかは謎)を着ている澤田からは、恋人のいる気配がしない。
「お?失礼な。僕にだってそれくらいありますよ。」
「本当ですかあ?」
「本当だよ。僕のこと何才だと思ってるの。もう28だよ?いい大人だよ?」
いい大人がコーラばっかり飲むものだろうか。
「僕のことより、斎藤くんはどうなのよ?」
お、珍しい。いつもは自分のことを、聞いてもないのにペラペラ喋る澤田が。
恋愛のこととなると話さない。
「本当に恋愛したことあるんですかあ?」
澤田の顔を覗き込む。
と、澤田は目をわざとらしく反らした。アヤシイ。
「彼女いたことあるんですかあ?」
わたしの中のSっ気が目覚めていく。
さっき逃げようとした仕返しだ!
「疑ってる?斎藤くん」
澤田は上目遣いでこっちを見る。
本当にこの人28歳なのか?悲しそうな目が捨てられた子犬みたいだ。