特別興行 がんばれ田原くん! 『是奈と愉快な中間たち 2』 前編-3
そんな嘉幸を尻目に、都子はコンロの金網の上に、その『ベニテングダケ』なる猛毒きのこをなにくわぬ顔して乗せると、
「分けてあげないわよ」
などと言いながら、焼き始める。
(いるか、んなもん! 頼まれてもゼッテー食うもんか!!)
嘉幸は心で叫びながらも、想像を絶したような顔をして固まっている清美と二人、成り行きを見守る事しかできないでいた。
おそらく一億六〜七千万人は居るであろう日本国民においても、かつて猛毒きのこのである『紅天狗ダケ』を火にかけて焼いた者はいないであろう。
嘉幸にとってもこんな事は初体験であり、もし都子がサイボーグでなかったとしたら、このような光景は一生お眼にかかれなかったであろう。そう思うとゾッとするのか、顔を青くもさせるが。これが好奇心とでも言うのだろうか、今ままさに目の前で起きている現実から目が放せないのも事実。嘉幸は握り締めた拳にグッと力を込めながら、固唾を飲むのであった。
そのうちに、パチパチパチッと音を立てて、紅天狗ダケの表面が狐色に染まってくると、同時に異様な香りが辺りに立ち込めてきたりもする。
なんでもそうなのだが、原型が解らなければ焼いた時の臭いと言うものは、けっこう美味そうに感じるものである。現に通りがかりの人や、近くで同じようにバーベキューを楽しんでいる家族なんかも「美味そうな臭いだな」なんて声が聞こえてくるから、始末におえない。
嘉幸は心の中で、
(騙されちゃいけない! やつは人の形をした凶器だ! やつの術中にはまったら、皆な死ぬぞ!!)
などと叫びもする。
だがそんな嘉幸の心の叫びも届かないまま、紅天狗ダケは良く焼けて、丁度いいころあいを見せてくるのだった。
表面は黒く焦げも出来、もうそれが『松茸』だと言われても誰も疑わなかったであろう。うっすらと立ち昇る湯気に似た煙と、程よい香りに食欲すらそそられる。
都子は焼き紅天狗ダケを箸でつまみ上げると、醤油だれに付けて、そのまま口の中へと放り込んだ。それを嘉幸と清美は息を飲んで見守る。
都子は、しばらくクチャクチャ噛んで、毒キノコの咀嚼(そしゃく)を繰り返していたが、そのうち勢いよく ”ンゴッ”と飲み込むや。
「ぱはぁ〜美味いーー!」
と、幸せそうな顔をしていた。
それとは対照的に、見ていた嘉幸達の方はドッと額から汗を噴出させると、さらなり顔を青くもする。
「385(都子)…… ほんとに平気なのか?」
さすがに嘉幸も不安が隠せなかった様子である。さりげなく尋ねもするが。
等の都子は。
「平気、平気ぃ!」
と軽快にも気分爽快と言ったところだろう。顔色一つ変えるわけでもなく、ケロっとしたまま、唇の周りに付いた醤油だれを、名残惜しそうにもペロペロ舐め回していた。
そんな都子の様子に、嘉幸と清美はドッと肩を落とし、全身の力が抜ける思いだった。
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「あー食った食った、もう入らねー」
バーベキューも無事完食を見るや、嘉幸も満腹になった腹を摩りながら、ビーチチェアに寝っ転がり、午後の一時をくつろぎもする。
清美と都子は二人して仲良く芝生に寝っ転がると、そのままお昼寝タイムだったりする。
「ああーあ。腹も脹れたし、天気もいいし、なんだか眠くなって来たな」
幸せそうな二人の寝顔を見たせいでも無かっただろう。が、なにやら嘉幸も。
「俺も昼寝でもしようかな」
そんな事を思いつつ、大きなあくびを2度ほどすると、両腕を天に向って突き出して、伸びなどもする。このまま平穏無事、幸福な時間がずっと続いて欲しいなどと、詩人めいた事を思い巡らせ、自己のありふれたリラックス気分に、陶酔したりもする。