飃の啼く…第13章-8
愛おしいとおもう。月並みな言葉で表せば、この胸の高まりはそう表現するしかないのだろう、と飃は思った。詩人のような言葉を使おうとは思わないから。そして同時に、傷つけたくなかった。自らの血塗られた過去を話して聞かせれば、彼女が必ず心を痛めると彼は知っていた。
あなじの事だって、ずべてを話したわけではない。狗族があなじを目覚めさせるということは、人間が鬼になるのと同じこと。すなわち、強い憎しみに心を支配されることが無ければ、狗族はあなじになどならないのだ。
「過保護ですぜ、飃兄さん。」
と、颪に言われたことがある。
「あの子の芯は強い…飃兄さんのこと、受け止められるくらいの強さはあるはずですぜ・・・ま、兄さんが一番良く解ってるんでしょうがね…」
解っている。同時に怖かった。彼女を傷つけてしまうのと同じくらいに…
心の傷を分かち合えば、自分の心の中にある憎しみが薄れてしまうような気がした。憎しみは、いつだって彼を動かしてきた力の源であり、戦う理由だった。さくらに逢うまでは、それが存在理由ですらあったのだから。
それが、過去をさらけ出したとたんに毒を抜かれた蛇のように、無力な存在に成り下がるなど耐えられないのだ。
さくらの指が、飃の頬をつついた。
「まぁた難しい顔して。老けるぞっ。」
御託は良い。
彼女を失わずに、この戦いを切り抜けることが出来るなら。どんな強さだって利用してやる。そんな思いを胸に抱いて笑い返した飃の顔に、さくらは何を見出したろうか。
…飃はその夜、奇妙な夢を見た。
悪夢…そう、あえて言うならば悪夢だ。
「気持ちいいか…?ピャオ?」
懐かしい声…何年も前に聞いたきりの…
「ヤン…?ヤン?一体何を…」
深い眠りに居るはずなのに、やけに現実的な衝動で目を覚ます。
「う…?」
意識がはっきりする前に、自分の息がやけに荒いことに気づく。そして、耳に届くのは、幽かに漏れるさくらの声と、卑猥な水音…
「さく…おまぇ…?」
さくらが、なんと、自分の足の間にかがみこんで…ええと、つまり…
「な、何をして…!?」
「ふェラひオ」
フェ…?とにかく、知っている言葉に置き換えれば口淫…いやいや、そんなことはどうでもいい!
「……!」
止めさせなくては…飃は思った。一方で思う、その必要が?
思考は途切れた。