飃の啼く…第13章-4
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「主人のいる場所へは、私が案内いたします。」
彼女は言った。
「ですが、今日は無理です。あまりに長く彼の元を離れていると怪しまれます。いずれ、また参ります。その時は、どうか…。」
私は、黙ってうなずいた。
彼女は、「シュッ」と言う音と共に蜘蛛に戻り、開きっぱなしの窓から外へ出て行った。
翳り始めた春の陽気。空は、いつの間にか薄く曇っていた。私は身震いをして、飃に寄り添った。
飃は、ちょっと疲れた顔でソファにもたれて目をつぶっている。私は、そんな彼の肩を引っ張って横にさせた。私のひざに飃の頭をのせて其のまましばらくぼんやり頭を撫でていた。
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式神が戻ってきて、白昼夢から目が覚めた。
「どうだ?」
女郎蜘蛛は、私の前に傅(かしず)いて答えた。
「…おりました。」
「女も一緒であったのだろうな?」
「は・・・。」
私も野暮ではない。この女郎蜘蛛の気持ちには気づいていた。しかし、彼女はとっくに諦めているのだろう。遠い昔、熱に浮かされたように私の右腕となり、働いた彼女の面影は無い。毒虫たちに仕込む毒、擾の飼い犬の武器に塗りつける毒の調合も、全て彼女の仕事だ。しかし、彼女の中の情熱は失せてしまった。私の彼女に対する興味が失せた故に。この所の作戦の失敗を彼女のせいにするつもりは無かったが、彼女が今のような仕事に満足しているとも思えない。
透明の小さなビンの中から、数匹の虫を取り出す。その虫に、伝言を込めて放した。