飃の啼く…第13章-2
+++++++++++++
「ずいぶん伸びたな。」
ソファに座る飃の足に頭を預ける私の髪を手で梳きながら、言った。
「髪は伸ばしたほうが良いって、言ったのは飃でしょ?そのほうが霊力がつくからって。」
「見た目も良い。」
私は寝転がったまま飃を見た。
「なーに、短かった頃は可愛くなかったって?」
本気で怒っているわけではない。それをしっているから、飃は笑った。気持ちいい春の午後。窓からさす陽光が部屋の中を暖めている。私は…思わずあくびを…ふぁ〜ぁ…
「なんだ、まだ寝るのか?さくら。」
「だって今、月のものの最中なんだもん。この時期は…ねむ…」
また、大きなあくびが言葉を邪魔した。生理の時はいくらでも寝られる。厄介なものだ。なんでもないことで苛々するし、加えて下半身の倦怠感…まあ、もう一つの理由で、一番苛々しているのは飃だ。何しろ、一週間も「お預け」なのだから。飃は、私の額に少しだけ長いキスをした。
開け放った窓から、春の埃っぽい香りが漂ってくる。でも、一緒に入り込む風はまだ少し冷たい。
「よっこら…」
窓を閉めに起き上がると、
「…しょ。」
目の前に蜘蛛がいた。
蜘蛛。
手のひらほどの蜘蛛。
「ぎゃああぁああ〜っ!!」
きっとマンション中に聞こえた私の悲鳴に動じることなく、飃はさりげなく見やった。
天井からぶら下がっている真っ黒な蜘蛛。大きさでは並ぶタランチュラとは似ても似つかない、長くて細い八本の足。妖艶とさえいえる。もし虫が好きなら、だが。
「女郎蜘蛛、か。」
『彼女』は、するすると糸を伸ばし、床まで届くと、その場で人間へと変化した。なるほど妖艶と言うのは間違っていなかった。黒と紫の奇麗な着物に身を包んだ、美しい女性だ。見事なまつ毛に縁取られた両目、その下に左右3つずつ、目の模様が刻まれている。
「このような無礼を働いたこと、お許しください…本日は…」
彼女は目を伏せた。長いまつげが、影を落とす。そして、意を決したようにきっと顔を上げた。
「私の主人を、滅ぼしていただきたく、お願いしに参った次第です!」
私が異論を唱える前に、彼女は着物の裾をめくった。あわわ…と、目をそらす間もなく、そこにあるものに気づく。無数の紫…そして青と黒。