光の風 〈貴未篇〉前編-8
「長、父は今どこに?」
沈黙の末、最初に切り出したのは貴未の方だった。その声は言葉どおり会いたい気持ちが表れている。
長は淋しそうに笑い、貴未の頭をぽんぽんと叩いた。
「しばらく前に亡くなった。最後までお前の身を案じていたんだが。」
貴未の思考が止まった。
よろけたのか身を退いたのか、一歩下がった。しかし目はどこ見ているのか分からず、心なしか全身の力が抜けているようだった。
父が死んだ。
「貴未。」
それ以上の言葉はいらない。長は感情を彼の名前に込めて呼んだ。貴未は立っているのがやっとの状態だった。
抱き合った後の名残で長も貴未もお互いの腕を掴んでいた。それが支えとなっている。
父が死んだ。
「貴未。」
「…はい。」
「墓に案内する。未禄も喜ぶだろう。」
長は貴未と日向を連れて未禄の墓に向かった。道中、貴未は話をすることもなく景色を見ながら歩いていた。
小さな子供たちがボールを投げて遊んでいる。彼らには少し大きなボール、それを一生懸命に投げては受けていた。少し離れた位置から大人が見守っている。
心温まる幸せな風景を見て、いま貴未は何を思っているのだろう。日向は前を歩く貴未を見ていた。
やがて公園らしき門が見えてきた。長は戸を開けて二人を招き入れた。
そこには等間隔に並ぶ円柱の石がいくつもあった。これがきっと墓なのだろう、長は迷う事無く目的の場所まで進んでいった。
きっと何度も足を運んでいるのだろう。しかし貴未にはそんな事を感じる余裕などなかった。
どこに目線を合わせている訳でもなく、ただ足が動いているだけだった。
「ここだ。」
長が足を止めて目的地への到着を知らせた。その瞬間、貴未の表情はまるで怒られる前の子供のように歪んだ。手足が震える。
見たくない。受け入れる前に現実が突き付けられてくる。
「さあ、貴未。」
長が体を退けた。貴未の視界に墓石が入ってくる。ほんの少しの時間が貴未にはスローモーションのように感じられた。
その目に映る墓石。
そこには名前が刻まれていた。