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ヒトナツ
【コメディ 恋愛小説】

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ヒトナツA-3

「……」
健吾が出て行ったあと、つい流れで部屋の隅に座ったままになっていた。
「……健吾の部屋、昔と全く違う」
即座に、そりゃそうだわ、と自分に突っ込む。
「健吾のベッド……」
振り返り、ドアを見つめる。
あたしは、意を決してダイブした。
「ん…」
健吾の匂い。
また、また会えたんだ。
やばい、泣きそ。
なんて気持ちに浸っていたそのとき。
ベッドのわきから突然、音楽が流れだした。
「わっ!」
驚いた。心臓はバクバク。
「もう!驚かさないでよ、健吾の携帯くん」
どうやらメールらしい。
「……」
開いた携帯のディスプレイには、“桜さん”の文字が踊っていた。
「健吾に彼女、か…だからさっきから冷たいのかな」
もう一度、ベッドに顔を埋めた。

あたしは健吾が好きなのに。
もう叶わないのかな。


***

健吾がお風呂から上がって部屋に戻ってきた。
あたしと同じ石鹸とシャンプーの匂い。
「携帯鳴ってたわよ」
静かに言う。
健吾は「やべっ」なんて焦りだして、慌ててメールを返していた。
そんなに好きなんだ。
「……ねぇ」
「ん」
「彼女と長いの?」
「まだ二日」
愕然とした。
あと三日早く帰ってきたら、変わっていたのかもしれない。
アメリカでタイミングを見計らっていた自分が憎らしい。
「……可愛い?」
「よくぞ聞いてくれた」
健吾はふっふっふ、と笑うと、あたしに近付いてきた。
そして、延々と語り始めたのだ。
彼女の魅力について。

この鈍感は、数時間前にあたしがキスしたことも忘れたの?

「け、健ちゃん」
「…でさ、ん?」
「その、あたしさ!さっきキスしたよね?」

強行突破だった。

ただ気付いてほしかった。

なのに。

「あれって挨拶だよな」

「……え」
「アメリカでは普通なんだろ?」
「……」
「再会を祝して、みたいな?まあ俺はお前の幼馴染みだからよかったけど。あんまり誰にも彼にもすんなよな」
「う…ん、じゃあ、疲れたからやっぱり寝るわ。おやすみ、健吾」
「おう、おやすみ」
あたしは力なく笑った。
それが精一杯。
ただ泣くのを必死に堪え、健吾の部屋を後にした。


***

俺はつい先程の出来事を思い出していた。

キスしたよね、って言った渚の顔は、大マジだった。
正直、その目に吸い込まれそうになり、気持ちは揺らいだ。
だが一瞬、桜さんの笑顔を思い出す。

だから俺は逃げた。
でも、あんな言い方をする必要はなかった。
なんであんな酷いことを言ったのだろう。

挨拶、なんて。

というか、本当にアメリカでキスは挨拶なのか?俺のテレビの見過ぎじゃないか?

俺は相変わらず、ヘタレの健吾だった。

そして、しばらく俺と渚が口を利くことはなかった。


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