蝉の鳴くこの街で-6
「そういえばさ」
「うん?」
「亮介って暑いの苦手だったよね。もやしっ子で、腕なんかも私より細かったし。ケンカなんかしたら、絶対に私のほうが勝っちゃいそうだったなぁ」
「でも、あいつ俺より強いよ」
「え?」
「小学生の時にお前が上級生にバスケコートを横取りされてケンカした時、真っ先に駆けて行ったのは亮介だったよ。覚えてるか?」
懐かしい話だった。結局、先生が来て大事にはならなかったが、私は何発か殴られた。それを誰かが来てとっさにかばってくれたのだ。
「…私てっきり、ずっと和也だと思っていた」
「俺は鉄棒の隅で怖くて震えてたよ。亮介の背中を見ながらな」
「…へぇ、あの弱虫な亮介がねぇ」
なぜか急に、歩む足が無意識に止まってしまった。力が入らず、膝ががくがくしてしまう。
「…私達のやったことってさ」
意味があったのかな、って。亮介のためになったのかな、って。
ずっと、考えてたんだ。
本当に、悔いを残さないように何かしてあげられたのだろうか。
「…いい」
「え?」
「意味があったかどうかなんてどうでもいい。何が出来た、なんて自己満足に浸っても仕方ないからな」
「でも…私あんな無神経なことを」
「関係ない。可南子が何を言おうがどうしようが、亮介が死んだことには何ら関連性なんてない」
さらに言えば、と軽く付け足し続けた。
「病気で痛い思いをしたのはあいつだけで、俺達はちっとも痛くない。絶望も孤独も、理解することなんてできやしない」
「そんなこと…」
言わないでほしい。それじゃ私達は、何も―――
「ただ一点だけ、俺達にしかわからないことがある」強く言い切られる。
「絶望にさいなまれても全身を苦痛に被われても孤独に押し潰されても…亮介はあの時」
―――笑ってたよな。
「………つっ…」
そう。笑っていた。
心の底から穏やかに、笑っていた。
痛みも、孤独も、寂しさも、哀しみも、あの笑顔にそんなもの欠片もなかった。つくり笑顔なんて、そこにはなかった。そんなの、ずっと一緒にいた私達が気付かないはずがないんだから。
じいいいいい、と遠くで蝉の鳴く声が聞こえた。
一週間しか生きれない小さな命は、大きな声で必死に鳴いていた。
それは、滑稽だろうか?
地中で長い時間過ごし、成長してからはほんの僅かな時間しか生きられない。
それは、惨めで儚いものだろうか?
いや、そんなことない。
だって、生きたのだから。
精一杯、生きたのだから。
空を仰いだ。
雲のない、真っ青に広がる世界があった。
「よしっ」
私は大きく深呼吸をした。
「学校まで、競争よ」
「上等」
この街で過ごす夏を、精一杯に駆け抜けてやる。
見上げた夏の空は澄み、青く輝いていた。それは隣の街にも、さらに遠くの街にも、きっとどこまでも果てしなく続いているんだろう。
一際強く鳴いた蝉の声を合図に私達は走り出した。
蝉の鳴く、この街で。