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刃に心
【コメディ 恋愛小説】

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刃に心《第26話・宴の後に》-16

◇◆◇◆◇◆◇

「お世話になりました」

疾風の言葉に旅館の従業員が恭しく頭を下げる。
日は高く昇り、天気は快晴。

「出発するでェ〜!忘れ物、もしくは忘れ人は無いやろなァ?」
「無いよ。全員いる」
「ほな、出発進行〜!」

ぷしゅ〜、とバスのドアが閉まる。
それを確認して、疾風はやれやれと腰を降ろした。
いろいろとハジケた旅行だったが、意外と充実していたと思う。

「あ、そうだ眞燈瑠ちゃん」
「ひぃっ!ご、ごめんなさいッス!じ、自分はノーマルで、アブノーマルは小説だけで十分ッス〜!」
「へ?ど、どうしたの眞燈瑠ちゃん?私ただ飴食べるって聞こうとしただけなのに?」
「ご、ごめんなさいッス〜!」

………中にはトラウマができてしまった者もいるようだが…

「うぅ…身体がダルい…」
「飲み過ぎたんですよ先輩。さっきロビーでお茶買っておきましたから、良かったらどうぞ」
「…ありがと」

二日酔い気味の千夜子は疾風から貰ったペットボトル入りの緑茶を飲み始めた。

「希早紀はあんなに飲んでたのに大丈夫そうだな。
刃梛枷は大丈夫?」

後ろを振り向いて疾風が尋ねる。
それに刃梛枷は無言で頷いた。

「……昨日のは演技…」
「アレ、演技だったのか?」

また静かに首肯する。

「……あのままのペースだとみんな、身体に障ると思ったから…」
「流石だな。やっぱり頼りになるよ」
「………そんなことはない……」

そう普段よりも小さく答えると微かに赤くなった頬を伏せた。

「?」

疾風はその意図するところが理解できず、首を傾げる。

───クイ、クイ。

「ん?」

服の裾が引っ張られ、疾風は視線を後ろの席の刃梛枷から隣の楓に移した。

「どうした?」
「あのな疾風、昨夜のことなのだが…」

疾風は思わず身を固くした。

「あまりよく覚えておらぬのだが、何かあったような気がするのだ。疾風は何か知らぬか?」
「き、昨日の夜は何にも無かったよ」
「……本当にか?」

楓はじと目で疾風を見つめる。

「ほ、本当だって」
「………それなら良いのだ」

楓は疾風から視線を外し、正面を見据える。
疾風も黙って窓の外を眺める。

(流石にお姫様抱っこの状態で部屋まで運んだなんて言えないしな…)
(昨夜は疾風に抱かれて部屋まで運んでもらったように思えたのだが、あれはやはり夢だったのか…)

「「はぁ…」」

微妙なすれ違いの中、疾風と楓は同時に溜め息を吐いた。

「難儀やなァ」

バックミラー越しに七之丞がそう呟いた。
その時、かなりの速度を出した黄色いスポーツカーがバスの横をすり抜けていった。

「………」

一瞬、車内は静まり返り、そして誰からともなくほぼ全員が前の席や近くにあった物を握り締めるのだった。


続く…


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