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刃に心
【コメディ 恋愛小説】

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刃に心《第26話・宴の後に》-15

「そんなにムキにならんでもええやんか。
ほな、そんな自分にアドバイスや」

七之丞はにやりと笑う。

「この世には、需要と供給の他にこんな真理もあるとわいは思とる。何か判るか?」
「…知らない」
「それはな、何かを選ぶちゅうことは、それは同時に何かを切り捨てるちゅうことや」

喋りながら七之丞は煙草とマッチを取り出して、吸い始める。

「等価交換やあらへんけどな。
ヒトは選択して生きる動物でもある。
一つの未来を選んで、他の未来を捨てる。
数多の選択肢から一つを選んで、残りは捨てる。
仕事を選んで、恋愛を捨てる。
遊びを選んで、勉強を捨てる。
煙草を選んで、健康を捨てる。
何かを選んで、何かを捨てる。
誰かを選んで、誰かを捨てる。
…ヒトはそない器用やない。二本の腕に抱え込めるもんには限度があるし、相反するものなら同時には持てへん。
ほな、どうするか?
諦めて捨てるしかないんや。抱え込めへんかたもんも、持てへんかたもんもな。
物事を天秤に掛けて重いと思たもんを選ぶ。
せやけど、一度捨てたもんはもう二度と手に入らへんかもしれん。選んだもんが実は中身の無い虚像かもしれん。
ここまでくれば、わいが何を言いたいか理解るやろ?」

一息吸って、鼻と肺で味わった後、口からふぅ〜、と紫煙を吹き出す。

「…七兄、選べなかった時は?」
「選べへんかったんやない。選ばへんかったんや。まあ、そん時も選ばへんちゅうことを選んだんやから何かしらの代償が生まれる」
「…七兄にしてはえらく哲学的だね」
「まあ、自分が何を選ぼうと、わいに口出しはでけへんからな。
よーするに、自分の選んだもんには責任を持てちゅうことや」

七之丞は近くにあった灰皿を引き寄せ、煙草の赤い先端を潰した。

「ふぁああ…そろそろ眠ぅなてきたなァ…と、ゆーわけで、七之丞様の人生真理論講座はこれにて終了や」

七之丞はそう言うとボフンと布団に飛び込んで、そのまま動かなくなった。
部屋の中にはまだ煙草の残り香がする。
疾風はただ黙って己の掌を見つめた。その掌をゆっくりと開いて、ゆっくりと閉ざす。何かを確認するかの如く…。
窓の外では疾風の動作のようにゆっくりと黄色の舟が黒い海を渡っていく。
静かな夜だった。


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