刃に心《第26話・宴の後に》-14
「…楓はどうして俺のところに来たんだろう?」
ふと、こんな疑問が頭を過った。
「やっぱり、真面目だからかな…」
今は安らかな寝顔を見せている許嫁の普段のキリリとした凛々しい表情を思い描く。
「…でも、もしかして、本当に俺のこと好きで…」
ポツリとそんな言葉の切れ端が口から滑り落ちた。
しばし、無音の世界が広がっていく。
鎮まってきたはずの鼓動が再び速くなるのを感じた。
「………んな訳無いか!」
ははは、と疾風は自分の言葉を自分で笑い飛ばす。
「まあ何にせよ、楓が来てから毎日が楽しくなったのは事実だよな」
疾風は楓に微笑みかけると、その白い手をそっと優しく剥がしていく。
「おやすみ…楓」
疾風は布団を掛け直すと、音もなく部屋を出ていった。
◇◆◇◆◇◆◇
「おう、お帰り。何処行とたんや?まあ、どうせ許嫁ちゃんとイチャイチャしとたんやろ♪」
部屋に入って早々、うんざりさせられる。
どうして、この男はこんなにもテンションが高いままなのだろうか。
「イチャイチャなんかしてないよ…」
窓の縁に腰掛けて、にやにやと笑う七之丞に一瞥をくれると、疾風はどっかと布団の上に座り込んだ。
「何や、疲れとるなァ。ほれ、これでもどや?」
ぽ〜ん、と七之丞は足元にあった缶を放り投げた。
「何、胡散臭そうな目で見とんねん。ただのオレンジジュースや。アルコール0%で果汁100%。ロビーで買うたもんやから安心せェ」
その言葉を聞いても、疾風はジト〜とした視線を缶に向ける。
表示を確認して、漸くプルタブを持ち上げる。
プシュッ。
軽快な音を響かせた飲み口に口を付ける。
七之丞の言葉通り、ただのオレンジジュースだった。
「あのな、疾風。自分に一つ聞きたいことがあんねんけど、ええか?」
突然、七之丞が言った。
疾風はジュースを飲みながら、首肯した。
「自分、誰が好きなん?」
ごふッとジュースを吹き出しそうになる。
「ゴホ!ゲホ!な、何を突然言い出すんだよ!」
「この程度で何を狼狽えとんねん。小学生やあるまいし。
で、誰なん?やっぱりあの許嫁ちゃんか?確かに美人やからなァ」
「か、楓は許嫁だけど、仮だから!」
「じゃあ、あの背ぇ高い娘か?あの娘は男前やけど、惚れた相手には尽くすタイプとわいは見た♪
若干、身体の肉付きに難有りやけど…」
「チョコ先輩は面倒見がいいんだよ!それをそんな風に言うなって!」
「ほな、あの無口の娘か?あの娘も中々ええと思うで。無口やけど芯はしっかりとしとるし、胸の奥は冷めてはなさそうやしなァ」
「刃梛枷は仲の良いクラスメイト!てか、もういいだろ!」
何だか今日は赤面しっぱなしだ。
疾風はそう心で呟くと、残ったジュースを一気に飲み干した。
僅かに火照りが冷めたような気がする。