高崎龍之介の悩み 〜女難〜-12
――どれくらいの時間が経ったのだろうか。
ひっ……ひっ……ひっ……
龍之介の声が『泣いている』から『泣いていた』に変わる頃、おずおずと二人が部屋に顔を出した。
「伊藤、先輩……」
真継の声に、美弥はそちらを振り向く。
「ちょっと待って。龍之介が、まだ……」
ひぃひぃと喉を鳴らしている龍之介が、がばっと顔を上げた。
菜々子の顔を見付け、ひぃっと悲鳴を漏らす。
「龍之介……」
龍之介はぶるぶる震え、美弥にしがみついた。
美弥は龍之介を強く抱き締め、落ち着くのを待つ。
それからしばらくして龍之介がようやく落ち着き始めると、美弥は二人の様子を窺った。
大の男が恋人の腕の中で泣きじゃくるというシーンを見たせいか、二人とも龍之介の過去に何があったかと興味津々でこちらを見ている。
「龍之介……」
ひっ…………ひっ…………
しゃくり上げ方は、だいぶ落ち着いて来たようではあるが……。
「美弥……美弥……」
「龍之介……」
あやすようにその背を撫でると、龍之介は再び美弥へむしゃぶりつく。
「……ねぇ、二人とも」
美弥は背後に向かって声をかけた。
「龍之介を落ち着かせたいの。お願いだから、今日の所は帰ってくれない?」
「あ……はい」
その言葉に真継が頷いて、菜々子の首根っこを引っ掴んだ。
「ほれ菜々。帰るぞ」
「えぇ!?」
「お前のせいで、高崎先輩がああなったんだ。我が儘言うな」
「ソース付いてる」
龍之介の口の端へ付いたエビチリソースを美弥は指で拭い、口に運んだ。
甘酸っぱいソースは純粋に手作りで、我ながらいい出来だと思う。
内心はともかく表面上はとりあえず落ち着いた龍之介が美弥が用意したご飯をぺろりと平らげた事からも、それは伺えた。
「……美弥」
「ん?」
「頼む、から……今夜一晩で、いいから……帰らない、で……」
つらそうに抱き着いて来る龍之介を抱き返しながら、美弥は言う。
「そのつもり」
こんな不安定な状態の龍之介を放ってのうのうと家に帰る事など、できるはずがなかった。
それに……龍之介が無理して自分を帰そうとしても居座るつもりで、家には既に連絡を入れている。
「……ありがとう」
しっかりと抱き着いている龍之介の肩から、ふっと力が抜けた。
一週間にいっぺんはかなりの確率で美弥を部屋に泊まらせているとはいえ、平日は多少遅くなっても必ず家に帰している。
初めてそれを破ろうとしているのだから、龍之介はかなり緊張して申し出たのだ。
「あ、でも……交換条件」
「な……何?」
何を言われるかと不安げな龍之介へ、美弥は微笑みかける。
「着替え、貸してね」
寝間着にと借りたTシャツとハーフパンツだったが、美弥の体にはぶかぶかだった。
龍之介の体躯は他の人と比べても厚みがあるし、まだ成長する余地があるので大きめサイズの服を取り揃えているせいらしい。
ハーフパンツなどウエストがぶかぶか過ぎて、腰にひっかかっているだけのような状態である。
背丈がさほど変わらなかった頃の服はとっくに処分してしまったというので、まあこれで我慢するしかない。
「りゅう……」
美弥は小さい明かりを点すと、先にベッドへ入っていた龍之介の横へ自分の体を滑り込ませた。
「もしかして……私の事も、恐い?」
「……どうして?」
美弥は龍之介の頭を、自分の胸へ抱き寄せる。
「……恐くない?」
「うん」
龍之介の頭を抱き抱えながら、美弥は安堵した。
もしも龍之介が自分すら受け付けない体になっていたとしたら……由々しき事態である。
そう思うと美弥はいてもたってもいられなくなり、龍之介の状態を確かめたくなった。
だがしかし、今は何よりも安定を必要とする人物相手に下手な事ができるはずもない。
致し方なく、美弥は龍之介の頭を抱え続ける。
「……美弥」
しばらくして、龍之介がくぐもった声を出した。
「ん?」
優しい声で、美弥は返事をする。
「乳首、勃ってる」
「……言わないでよ」
美弥は赤面して抗議した。
「仕方ないじゃない……息が当たるんだもの……」
そう。
龍之介が美弥の胸に顔を埋めているため、呼気が幾度となく敏感な場所に吹き掛けられているのだ。
「…………美弥」
「ん?」
「……シたい」
「えぇっ……?」