飃の啼く…第11章-12
「準備は?」
「万端。」
どちらとも無く、戸口から飛び出した。
目の端に、澱みを迎え撃とうと勇気を振り絞って現れた付喪たちが見えた。そして、私がまっすぐ見やった、澱みの真っ黒な腕がつかんでいたのは…
「人間!付喪たち、を、逃がせ…え!」
「氷雨!?」
************
「油良…あたしはまだ納得していないんだ…。なぜ人間に頼んだ?戦いに長けているだけなら狗族でも良かったろう?」
そこは、声の良く響く洞窟の中。油良がこの村を訪れるときには必ず使う、油良専用の隠れ家のような場所だった。
「この村に居るのは、人間に捨てられたり、傷つけられたりした者たちばかりだし…朔だって…!」
油良は、藁の敷き詰められた床の上で、胡坐(あぐら)をかいて座っていた。
「氷雨や…よく聞くがいい。我々のような低級神…まあ、自らは神族と呼ぶが…が、決してもち得ない感情とはなんだと思うね?」
「はあ?感情?何にしろ神族が、人間より劣ってるなんてことがあるんですか?」
ふぉっふぉ、という丸みを帯びた笑い声が、薄ら寒い洞窟内を一瞬だけ暖める。
「それはの、氷雨。…じゃ。…だけが、我々の持ちえぬたった一つの感情なのじゃ。そしてそれが、付喪たちに命を与え、我々神族を誕生せしめた大いなる光なのじゃ。」
「ふん…。」
氷雨は気に入らなかった。助っ人を頼むというから、てっきり自分たちと立場の近い狗族だけかと思ったら、油良の狙いは人間のほうだというのだから。
「人間なんて、弱くて、脆くて…そのくせ非情なのに…。」
氷雨の迷いを映したかのように、空は重く、落ちてきそうなほど澱んでいた。おまけに、あの女。根性なしだと甘く見て、そのうち仕事をほっぽり出して帰ってしまうと思ったら、以外にうまく村を纏めている。おまけにわざと自分を怒らせようとしているし…とにかく、伝説の長柄使いだろうがなんだろうが、これ以上油良のお遊びに付き合う気はない・・・どうにかしてあの人間たちを……
ふと気づくと、氷雨が歩いていたのは、3年前の、あの場所…