飃の啼く…第11章-11
「お嬢のお母上はそれはそれは立派なお人でした…わしらがこの世に生じたときから、お母上はこの土地の妖怪達の長でした。わしらに人間との共存の仕方を教え、相談には親身になって乗ってくださった…あのおっかねえのにやられちまうまでは…」
氷雨のことを聞くと、
「わかってやってくだせえ。お嬢はお嬢なりにわしらのことを思って下さってるんです。」
それっきり、口を閉ざしてしまった。何故氷雨があんなにムキになってこの村とかかわるのを嫌がるのかは、誰に聞いても答えてくれなかった。ただ、油良だけは
「あ奴は、怖れておるのだろうよ。」
と、打ち明けてくれた。
怖がってる。
守れないのを?
それとも、もっと…?
北国の夜は速やかに訪れる。そして薄暗い夜明けに始まる訓練は、私が学校で習ったことが無駄ではないと証明してくれる。たとえば、避難訓練。「押さない、駆けない、喋らない」とか。どうでも言いといえば良いけれど、奇襲にあった際に冷静さを失ってはいけないのだ。沖縄のシーサー達は、生まれながらの戦士たちだったけれど、この村の住人たちは、ただ人間に大事にされて、もっと大事にされるために得た命をもてあます子供のようなものだ。
ふと…「荒涼とした」そう形容しても過ぎては居ないであろうこの白い砂漠で、人間たちに捨てられ、なす術も無く、襲い掛かる恐怖に耐え忍ぶ日々のどんなにか心細かったことだろう、と思いを馳せる。唯一の頼みの綱は責任の重さに耐え切れず逃げ出す始末。
「このままここに永住するなどと言い出すなよ。」
心中をずばり察した飃に釘を刺される。
「えへへ・・・。」
私は笑ってごまかすしかない。
「さくらは十分に自分を犠牲にしている。これ以上差し出さずとも、方法は別にあるはずだ。」
そうして、10日が過ぎようとしている夜。
初日の朝に凍った鼻水をはがすので訓練に遅れて以来、「早く言ってくださいよ」「人間って不便だなあ」等と言われながら薪の拾える場所を教えてもらって以来、暖を取れるようになったあばら家で、燃えゆく薪を見つめながらもずらしく物思いにふけっていた。
神族と人間の違い…つまるところは、飃と私の違いってことだよね。耳…もたいした問題じゃないのかも。なんだろう。もっと根本的に、どちらかに何かが欠如…
けたたましいサイレンが響く。見張り役の知らせだ。
「敵が来た!澱みが来たぞ!!」
いつかは来ると思っていたから、驚きはしなかった。氷雨の母親を奪った澱みを倒したという話も聞いていなかったし、それ以前に、風に乗って時たま澱みの匂いがしたから。それも、かなり強力な。
目と目で飃と会話する。