冷たい情愛2-1
いつもと同じ朝。30年間変わらぬ眩しい光。
シャワーを浴び、母の作った朝食をとる。
母が寝坊したところなど見たことがない。
典型的な田舎の専業主婦…。
その娘である私は、そそくさとスーツに身を包む。
バスに乗り駅へ行き、そこから電車で新宿の勤務先まで向かう。
最近までは、近所の人たちに
「設楽さんちの娘はあんなんじゃ、頭ばかりよくって嫁にも行けないだろう」
と陰口を叩かれていた。
あながち間違いでもないので、うちの母も反論出来なかったのだろう。
大学に入り初めて都内に通い始め…もう12年。
嗅ぎ慣れた朝の新宿駅の匂いが、私の顔を「仕事人」へと変える。
会社に到着早々、パソコンを立ち上げメールをチェックする。
可愛い絵文字もカラフルな色もない、業務メールを受信するこの機械。
その画面を見つめながら、私は考えていた。
「どうして、彼は…あんな事を言ったのだろう…」と。
彼…遠藤さん…の昨日の言葉を思い出す。
「「設楽さん、今考えてたこと、実現したいんですか?」
「僕はかまいませんよ」
性的な空想にふけっていた昨日の私。大事なミーティングだったというのに。
欲求不満だった?生理前?
そんな…くだらない…。
よく考えてみれば、彼の言葉は仕事のやりとりの一部じゃないか…。
私の提示した数字に、彼が納得し契約として実現しても構わない…そういう意味だろう。
でも…なら…
何故
何故…彼は、私の耳元で囁いた???
仕事の話ならば、いつもの距離で…男女の卑しい思惑が到底及ばない、
そんな「ビジネスの距離」を保って囁けば良いではないか…。
耳がゾクゾクする。
彼の低い…感情の無い声…思い出すだけで、私は濡れを感じる。