ICHIZU…⑧-9
「すぐにピッチャー交代の準備をしてくれ！その間、オレが時間を稼ぐから…」
橋本は急いでベンチに戻って榊に伝える。
途端に、青木と山下がブルペンに走る姿が見えた。
プレイが再開された。
バッターは8番。サインを見る信也。だが、山崎はサインを出していない。
「タイムお願いします！」
山崎が信也に歩み寄る。
「どうしたんだ？」
「オレの話を聞いてくれ」
山崎はミットで口元を隠して言葉を続ける。
「今からサインは出すが、全部無視しろ。投げるのはストレートだけだ。良いな」
サインを出すまでの時間を稼げるからだ。この山崎の提案に、信也は黙って頷いた。
「頼むぞ」
山崎は信也の右側をポンッと叩いて戻って行く。
信也はブルペンを見た。青木がせわしなくキャッチ・ボールを繰り返していた。
(急いでくれよ青木)
バッターは打席の一番後に構えた。山崎はミットを構える。真ん中だ。
信也は頷くと、いつものモーションで投げる。
肩の痛みから、一瞬、顔を歪める。
〈キンッ〉
真ん中低めに来た球をバッターは打ち返した。
打球はショート大野の横を抜けて、センター前に転がった。
続く9番はセカンド・ゴロを打たせてワン・アウト、ランナー2塁で打順が1番に戻った。
山崎がサインを出す。信也は頷くと、早いモーションから投げた。
バッターは見送った。真ん中高めのボールだ。どうやら球威が落ちた信也の球を見極めるためのようだ。
2球目。同じ真ん中高めの棒球。
思いっ切り叩いた。打球は高く舞った。
レフトとセンターの間、左中間をグングンと伸びて外野フェンスにダイレクトで当たって跳ね返った。
「みっつ！みっつ！」
ショート大野が連係パターンを叫んで指示する。
〈みっつ〉とは三塁打を想定して返球しろという意味だ。
レフトの佐々木はクッション・ボールを掴むと、素早いターンから大野に返球する。
大野も佐々木の返球を掴むと、すぐにサード田中へ投げた。
打ったランナーは2塁を少し廻ったところでストップした。
瀬高中学が1点を奪り返した。瀬高のベンチは沸き上がっていた。そして、なおも同点のランナーが2塁にいるのだ。
2番バッターは打ち気満々で、左打席に入った。
そのためか、内角高めに来たボールを打ち損じ、ファーストのファウル・フライに終わった。
(これでツー・アウト、あと1人だ…)
信也がそう思った時、榊がタイムをかけた。直也が伝令に走り、ブルペンの青木がマウンドに駆け寄る。
ピッチャー交代だ。