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Mermaid
【ファンタジー 恋愛小説】

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Mermaid 〜紫の姫〜-2

「誰でもいいから相手を見つけて、子を授かって、そしたらまた宮殿に戻って来られるんだろ?人魚の国には男どころか、じいさん一人だっていやしないんだ。お前がそうさせたんじゃないか。」
「人間の世界なんて真っ平だ。さっさと行って、さっさと男捕まえて、明後日には戻って来てやるよ。」
ドルチェの怒号を黙って聞いていたカルムだったが、やがて静かに口を開いた。
「・・・・やはりお前さんも、全ては知らされておらんのか。」
「?・・・・何が言いたい。」
予想外の不安を抱きつつも、勝気な態度を崩さずに問いかける。
魔女はふぅ、と大きく息をついて、
「己が心底愛する者とでなければ、子を宿すことは出来んのだ。」
と、厳かに告げた。

「・・・・どういう、意味だ。」
嫌な予感に暴走する鼓動を落ちつけつつ、ドルチェは再び問うた。
水の世界だというのに、体の表面が焼かれたように熱くなる。
そんな彼女に言い聞かせるようにして、カルムは口を開いた。
「・・・三百年前にわしが定めた掟だ。お前は…お前の一族はみな…己が愛した者との間でなければ子を成すことは出来んのじゃ。」
「一つの愛が芽生えるには、長い長い月日がかかる。お前は人間の男を本気で愛することになる。相手もまた、お前を本気で愛してくれるじゃろ。その代わり次にお前が海に帰ってくるのは、最愛の男を一人陸に残さねばならん、永遠の別れの時だ。お前にとっても相手にとっても、実に辛いことじゃろうて。」

一旦言葉を切って、カルムは目の前の小さな人魚を見つめた。
唇をかみしめる彼女に、大魔女の心も、また痛む。
別に今回に限ったことではなかった。自分の下で儀式を受ける人魚たちの哀れな姿を見る度に、魔法をかけた身でありながら、カルムはそうするしか出来なかったかつての自分が、憎くて憎くて仕方がなくなるのだ。
「・・・教えてくれなかった母様を恨むでないぞ。こんな恐ろしいこと、自分の口から娘に言える者などおるまいて。」
ドルチェは一層強く唇をかみしめた。桜色のそれが、強い赤に変わる。

「―――なぁ、ドルチェとやら。」
カルムの呼びかけに顔を上げ・・・それに続いた一言に、思わず耳を疑った。
「お前は、人間界に行かなくてもよいぞ。」
「・・・・な・・・・?」
一瞬にして体の熱が鎮まり、代わりに静寂が彼女を包んだ。カルムのしわがれ声が、やけに遠くから響いてくる。
「アランが禁忌を犯してから三百年・・・わしは実に多くの人魚を人間界に送り出し、その度に彼女らを苦しめてきよった。お前の母も叔母も、そのまた母も、じゃ。」
「もう、お前たちが悲しむ姿は見とうない。」
「・・・・・・・・・・・。」
胸の奥が切なく痛み、ドルチェは思わず顔を歪めた。
そこへ、カルムが呼び寄せた侍女が二人やってきた。盆を手にのせてドルチェに歩み寄り、両脇で跪く。
カルムは話を続けた。
「まぁ、お前が人間界へ行きたいというならば、話は別じゃ。右の盆の小瓶には、お前さんの尾を足に変える妙薬が入っておる。飲めばすぐに陸に上がることが出来るぞ。…しかし行きたくないのならば、」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・左の盆の短剣で、わしを殺せ。」
ドルチェは俯かせていた顔をあげて、魔女を見据えた。
相変わらず表情を見てとることは出来ないが、きっと優しい微笑みをたたえているのではないか、という気がした。
「大した確証はないが、魔法をかけたわしが死ねば、呪いはとけるかもしれん。その短剣にはな、わしが自分で調合した毒が塗られておる。不死身の大魔女にも効く、たいそうな毒じゃ。」
丁度お前で五十代目だ。そろそろわしも潮時じゃろ。そう言ってカルムは笑った。
あっけらかんとした、少女のような笑い声だった。
「・・・どうしたんじゃ。早く決めんかい。」

「・・・・私は・・・。」
黙りこくっていたドルチェが、ゆっくりと口を開いた。


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