戦火の恋、千価の愛-1
「ただいまじいちゃーん!」
「おぉ、おかえり」
私はランドセルを背負いたての孫の頭をなでる。
「じいちゃん、今日学校で先生が、おじいちゃんおばあちゃんに聞いてきなさいってぇ」
そう言って黒いそれをあけてノートと筆箱をとりだす。
「じいちゃんは何を教えてあげたらいぃんや?」
「えーっとなぁ、戦争のことやぁ」
戦争……
フッと私の目は遠くなる。あのことは今になっても鮮明に思い出すことができる。
そう、あのとき私は十代の盛りのころ。ちゃんと恋心も抱いていた。
「ただいま」
「あら、健次郎さん、おかえりなさい」
「ゆかりさん…。兄は?」
「奥の部屋で寝てらっしゃるわ」
彼女、鈴木ゆかりは、私の兄の嫁であり、私の義姉である。
「そう、ありがとう」
私は兄さんの寝る部屋へと向かう。
「兄さん」
障子の戸をあけると、兄・清太郎は体を起こした。
「おぉ、健帰ったんか」
「今さっきや」
はは、と兄さんは笑って、まぁそこ座れやと言った。
「その様子やとまだ通える状況なんやな、外は」
兄さんは私の学生服をみて言う。
「ぎりぎりや。そろそろお国から声がかかるかもしれん」
「そうか」
それは名誉なことや、と弱々しい声での返答だった。
「この足が悪ぅなかったらとっくにお声もかかったやろうに」
兄さんは生まれつき足が悪い。補助なしでは歩けず、最近は松葉杖でも歩くのは辛いほどである。
「呼ばれんほうがえぇ」
私は心の底から思った。
「そんなことゆうもんやないぞ」
と兄さんははぐらかすように、でも真剣な声で答えた。
「まぁ、声かかるまでは、外に気を付けてやんちゃしたらえぇ」
兄さんはいつもそう言う。母さんが勉学に励めとうるさいだけあり、兄さんは優しく接してくれる。
「絹ちゃんは元気か?」
「まぁいつも通りや」
「そうか」
ほなもう一眠りするわ、と兄さんが言うので部屋をあとにした。
「たくさんお話になれました?」
お水をついでくれる。私はそれを一気に飲み干した。
「うん、相変わらずの調子や」
「そうですか」
彼女は兄さんとよく似ていて、優しくおっとりしている。
「あら、健次郎さん、ぼたんがとれそうやよ」
「わゎ、ほんまや」
「じゃあ、お着替えになってきて。後で縫っときますね」
そう言うと、着替えの最中に取れるといけないからと、私の胸に手を伸ばしてぼたんをもいだ。
「ありがとう」
にっこりと笑う彼女を見て、私は胸が高鳴るのを感じた。
「健坊ー!行くで!」朝からの大きなこの声にはもう馴れたものだ。
「絹…」
「あっゆかりさん、お兄さんによろしゅう〜!久しく話してへんから」
そう言うと、はやくはやくと急き立てる。
「相変わらず元気な子やねぇ。」
「ったく、やりつきならう学校の何が楽しいんや」
私は頭をかく。
「あら、みんなとお話しするのは楽しいことやない」
はい、と、学生服の上着が渡される。
「ぼたんつけましたよ」
「ありがとう」
いえ、とやはりにっこりされると顔が熱くなる。
「そろそろ敬語やめよな」
私はそう言った。すると、
「いえ、清太郎さんの大切な弟さんですから」
と答えた。素敵な人だと思うとともになんだかむなしい気分に襲われた。
「健坊!」
絹がもう一度急き立てる。
「いってきます」
「はい、いってらっしゃい」
そう言う顔をみて、やはり胸の音を確かめずにはいられなかった。