ICHIZU…F-6
「まったく……仲間をヤジるヤツなんて初めて見た…」
「すいません…でした」
蚊の鳴くような声で頭を下げる。
榊はそれを見てため息を吐くと、
「そんなに元気なら羽生と交代してこい」
「エッ?」
「エッじゃない、ライトのポジションに行けと言ったんだ」
「ハイッ!あ…ありがとうございます!」
榊の言葉に破顔させる佳代。
グローブを掴むとベンチを飛び出し、ライトまで一直線に走って行った。
(あっ、出てきた!)
「カーヨーッ!頑張れよーーっ!」
観客席で試合を見ていた有理は、佳代の姿を見て拍手と精一杯、応援の声を送る。
青葉中学関係者で埋められた内野席は、有理につられて大勢の拍手がグランドに送られる。
だが、自分の事でいっぱいの佳代には全く聴こえていなかった。
「交代です。羽生さん!」
満面の笑みで息を弾ませ、佳代は羽生に交代を告げる。
「頑張れよ!風を見てな」
「ハイッ」
羽生はそれだけ言うと、佳代とハイ・タッチしてからベンチに下がって行った。
佳代は旗を見た。先ほどと異なり、垂れ下がり、時折そよぐ程度だ。
「プレイッ!」
4回の表が始まった。牟田のバッターは1番から。
(まずは小細工なしでいくか)
山下のサインは真ん中ストレート。直也は頷いた。
(1球目だからコントロール重視するか)
直也はそう思うと、少し力を抜いて投げた。
すると、どうだ。全力で投げるよりもストレートの伸びが良いのだ。
牟田のバッターが叩いた。が完全にボールの勢いに負けて、フラフラとライトに上がった。
(うわっ!いきなり来ちゃったよ)
「ライト!前!前!」
セカンド田村が指示を飛ばす。が、本人にはまったく聞こえていない。
ゆっくりと前進して打球の落下地点に入ると右手をグローブに添える。
拝むようなカタチで、大事そうにボールを掴んだ。
(入った!…心臓バクバクだ…)
そう思いながら、グローブに入ったボールを眺めていると、再び田村から声が飛んだ。
「カヨーっ!さっさと返せ」
その声にやっと我に還った佳代。〈すいませーん!〉と言うと田村にボールを投げた。
マウンドの直也は困惑していた。いつもより力を抜いて投げたボールが、いつもより伸びがあった事に。
マウンドに山下が駆け寄る。