ICHIZU…F-4
信也はまっさらなマウンドに立つと、ピッチャーズ・プレートから歩幅を測る。6歩半の位置をスパイクで窪みをつける。踏み出した足の位置を固定させるためだ。
両足をプレートに乗せ、正面を見た。山崎がミットを構えている。
右足をプレートの後にズラし、ふっ、と息を吐いてからいつものゆったりとしたモーションに入る。右足が先ほどつけた窪みに埋まった瞬間、左腕が振り抜かれた。
プレートにあった左足を蹴りあげ、さらにボールへ力を加える。
信也から投げ放たれたボールは糸をひくような軌道で、山崎の構えたミットに吸い込まれた。
(回転も伸びも絶好調だな)
山崎は返球しながらそう思った。
「なんか…スゲェな。今日は」
「何が?」
ベンチから身を乗り出して見ていた直也の独り言に佳代は反応して訊いた。
「この前のAB戦の時よりボールがキレてる…それに兄貴のあの眼……あんな眼するの、久々だ」
直也が言うように信也の眼は爛々と輝いていた。
「ボール・バック!」
一斉に内、外野からボールが返球される。佳代達控えは、ボールを捕りに行く。
他にも主審にボールを渡す係やグランド内のファール・ボールを捕りに行ったりと、控え選手といえどもベンチに座っていられない。
信也がセット・ポジションからボールを投げ、マウンドから離れる。
山崎は捕った瞬間、素早い動きでセカンドに投げた。ボールは低い軌道でセカンド・ベース上に構える田村のグローブにおさまった。
山崎がホーム・ベースの前に出てひときわ大きな声で叫んだ。
「しまっていくぞおーー!!」
「おおーっ!!」
内、外野から声が返って来る。
牟田中学の1番バッターが打席に入った。
主審の右手が挙がった。
「プレイッ!!」
次の瞬間、球場全体にけたたましいほどのサイレンが鳴り響いた。
青葉中学の初戦が始まった。
試合は3回までで決まってしまった。信也の伸びのあるストレートと山崎のストライク・ゾーンの隅々に投げ分けさせるインサイド・ワークに牟田のバッターは狙い球が絞れずに、三振の山を築いていく。
打っては毎回の大量得点で、3回を終えてのスコアは20対0と大会記録まであと1点と迫っていた。
「選手を代えるぞ」
榊に呼ばれた佳代はてっきり自分の出番と思い、グローブを持って駆けだそうとした。