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神の棲む森
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神の棲む森-5

この夏一番の大作を見るため僕たちは暗室に入場した。僕は映画は好きだけれど、今回のような大人気シリーズ物の続編とかに興味は無い。ミニシアターで短期間にしか上映されないような、静かな感動を呼び起こす作品がベストだと思う。そうこうしているうちに前作のあらすじから、巷の期待作は幕を開けた。僕は『ここにお金をかけました』感丸出しの映像にやや辟易していたが、横を見ると目を輝かせて登場人物のアクションに合わせて体を動かす彼女の姿があった。映画よりもこっちの方が面白そうだった。物語は、二時間の前置きを乗り越えてクライマックスに差し掛かっていた。白人の男が、助け出した金髪の女性を抱きかかえた。
ピシッ
途端、異質な音がした。同時に目の前に亀裂が走った。右から、左から、上から、あらゆる方向から。まるで冬の早朝に張った池の氷の上に、大きな石を投げ入れた時のような、鮮やかな亀裂。一瞬、映画機器の故障かと思った。しかしその亀裂はスクリーンを横切って、観客まで走っていた。
「な・・・」
吐き気がした。視界すべてが歪んだ。僕は目を閉じた。
世界に突然生じた裂け目。何か悪い夢を見ているようだ。
いや、壊れたのは世界じゃない。
それは、たぶん。
ゆっくりと目を開ける。
正常な、代わり映えの無い世界が広がっていた。


「面白かったね」
「あ、あぁ。そうだね」
そうは言ったけれど内容なんて一切頭に入らなかった。さっきの現象は一体なんだったのか。気分を落ち着けるため、周りの風景に目を移した。週末の昼間ともなると、公園は家族連れで賑わっている。父親とキャッチボールをする男の子。せっかくもらった風船を離してしまい、空を見上げながら泣きそうな顔をしている女の子。そして横には僕を好いてくれる彼女がいて、彼女が好きな僕がいる。
とても温かい。
夏の暴力的な太陽と。
このゆったりとした日常と。
このままいつまでも、この世界に
ピシピシ
!!
また突然に、視界がひび割れる。
ドクン。ドクン。ドクン。
鼓動が聞こえる。外側から、地鳴りのように、響く。
「どうしたの?顔色悪いよ」
「いや、大丈夫だよ。ただ疲れただけ。久しぶりに外に出たからね。今日はもう帰るよ」
大きな波のように、防ぎきれない負の衝動が襲う。
『お前は今、とても不安定な存在だ。それだけは忘れるな。何かあったら直ぐに戻ってくるんだ』
父の言葉が浮かぶ。
僕はここにいてはいけない人間だから。
きっと世界のほうが、僕を必死に否定しようとしているんだ。
僕はよろめきながらタクシーを呼び、家に直行した。彼女は付き添いたいと言ったけれど、今の僕がどうなるのか分からない限り、それは適切ではない気がした。もしかしたら僕はまた別の世界に飛び移ってしまうかもしれないし、ただ単にこの世界で、飛び移った負荷により発作を起こして死んでしまうかもしれない。
ただ、ひとつ。
絶望的な予感があった。
それは、この世界に長くいられないということ。
そう考えると、やはり彼女とは別れておくべきだった。
彼女のために、別れておくべきだったのに。
タクシーの乱暴な運転に揺られて、僕は意識を失くした。


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