飃の啼く…第10章-7
「なんて…こと…」
「このわんこ。オレの飼い犬。でも育てるのは案外難しいんだなァ…何せ生まれたての犬じゃないと、躾がうまくいかねえからさ……」
空気から空気へ。飃の怒りが伝染する。私に流れている半分の血が、それに応えて熱を帯びた。
狗族は決して、同属以外には跪(ひざまず)かない。屈しない。だが、あの少年は、澱み如きに「犲」呼ばわりされて、挙句の果てに傅(かしず)いている。あんな扱いを受けて、だまっていられる狗族が居るとは。
怒りに立ちすくむ私の横を、飃が通り抜けて行った。構えた七星が、空を裂くヒョォ、という音がした。
「く…!」
擾に切りかかろうとする飃を、少年が邪魔して思うように動けない。
「退け!」
飃が吼える。狗族八長の一人足る威厳を持って。
「いいえ。それは出来ません。」
だが、そもそも己の出自も知らない少年にはどんな命令も意味はない…交わされたのは戦いの最中に聞くにはあまりに間の抜けた会話だ。
「狗族が、澱みに仕えるのか!」
飃が七星を打ち付ける。斬るためではなく、感情を伝えるために。彼は怒っているのだ。飃に流れる誇り高き狗族の血が、そんな惨めな地位に甘んじる彼を叱っている。
「狗族って…なんですか。」
感情の無い彼の声。その間にも、飃は七星よりも北斗で少年と戦う。少年の鎌に容赦はないが、飃は彼を傷つけるのを恐れているのだ。
それを見て、私と夕雷がそれぞれ別の方向から擾を狙う。
しかし、擾は私たちの動きを読んで…
「七番!」
主人の呼びかけに、彼は瞬時に反応した。飃の剣を持っていた鎖鎌ではじき、そのまま夕雷を狙う。わたしの九重だけが、奴に到達しようかというとき…
「…!」
少年は自分の身体を盾にして、私を擾からさえぎった。間一髪、私は九重を引けたけど、これでは、あいつを倒せない!
その時、横で初めて少年の鎖鎌を受けた夕雷が言った。
「そ…その鎌は…!?」
「言っただろうがねずみ野郎!もう大口は叩けねえ!!」
擾の声が嬉しげにうわずる。
「鎌鼬の鎌…!」
「へへ、七番、教えてやれェ…その鎌は、誰んだァ?」
「し・・・つ、らい・・・」
少年は、ぼそぼそと口にした。